を感じて、牧場の柵に今いつまでもいつまでも倚つかかる……。

あたたかく春風は吹いた、
雪はとける、
日は赤い。
[#地から1字上げ]3 ※[#ローマ数字10、1−13−30] 10

  小さい花

灰色の季節、
鉛色《なまりいろ》の雲、
白い粉《こな》のやうな雪がチラ/\降り、
そしてその雪で包まれた野原に
紅《あか》い小さい花が咲く。

おお紅い小さい花が咲く、
その花に私はものをいふ、
お前は何時生れ、
何時育ち、
何時蕾をもち、
そして何時その眞中《まんなか》に黄色い蕋を持つ小さい花を開いたか。

私は旅人《たびびと》だ、
私はひとりぼつちだ
私は灰色のながい季節を迎へ
鉛色の雲を上にいただき
身にはチラチラと粉雪を受ける。

ああ赤い日が霧のなかにおぼれてゐる。
風は泣くやうにそよそよと吹く。
そのなかにお前は瞳のやうに咲く。
[#地から1字上げ]5 ※[#ローマ数字6、1−13−26] 13

  天上の戀

曉の眞蒼《まつさを》な空のうへに、
赤い雲が一と切れ浮んでゐる。
地上には嵐が吹いてるが、
人は未だ覺めない。

私は寢轉んで、
莨をのんでゐる。
布團の上にゴロ寢をしてるが、
まるでどこかの草原にでも寢てる樣だ。
屋根屋根は灰色《はひいろ》で、
空はまつさをで、
その中に赤い雲が一と切れふはりと浮んでゐる。

その時私の心の中で蟲の樣なものが一心《いつしん》に鳴いてゐる。
――ああ、戀だ、
もつともつらい戀だ!
さうに違ひない、
暗い、
盲目《まうもく》なもの、
耳にぢぢぢ……とひつきりなく鳴く。

――ああ、戀、
戀!
私はこの美しい、嵐の中の眞蒼な靜かな天、
綺麗なヒステリーの女の眼のやうな天を、
今戀してるのだ……
[#地から1字上げ]5 ※[#ローマ数字6、1−13−26] 21

  番人の娘を戀ふ

お前の心にゑりつけよう、
私の心の底の文字を……
お前はそれを讀むか、
ああ黒い吾が夜々《よなよな》の夢よ。

わが夢は夜毎その字の意味を解き聞かせる。
ああ斯うしてつもりつもつた幾夜、
或る晩窓を開き、
遠くに光る星を見、
暗の中に搖れる樹を見、
つきなんとしてるお前の家の
有明《ありあけ》の灯《ともしび》を見る。

ああこの闇の庭に來て鳴け、
可愛いい雌鹿。
ああこの闇の庭に來て鳴け、
可愛いい雌鹿。
お前の夜を守《も》る灯《ともし
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