を享けて以來最初の神祕な記憶、その一瞬間から永いのちのちまで蠱惑する「夢」として殘されたのである。
移住民……! これもあとで分つたのだが、わたしの家族はそのとき、親代々住みなれた地方一の城下|市《まち》を離れ、幌をかけた荷馬車に搖られ搖られして、山裾から平原を北に横ぎり、山峽《やまあひ》の險しい國道をとほり、峠をのぼり下りして、その別な平原にまさに這入らうとした口《くち》で突然と山が切れ、海が右にひろがつて、にこやかに、氣輕に、春のひかりのもとに眩ゆいばかり青々《あをあを》と、荷馬車の上の一行に現はれたのである。
わたしの一家はその頃|零落《おちぶ》れたどん底にゐたらしいが、父も母も、またわたしにはただひとりの同胞《きやうだい》たる兄も、みな綺麗な事では知合ひの間には評判であつた。母はわたしの幼な年にも覺えてゐるが、色白の面《おもて》に剃つた青い眉根と、おはぐろ[#「おはぐろ」に傍点]との映《うつ》りの好い顏だちであつた。その頃十一の小ましやくれた、しかし勉強に精を出す兄は、女のやうに美しいと賞められてゐた。父はと言へば御維新の後々《あとあと》までもチヨン髷をゆひ、「玉蟲《たまむし》のやうに光る着物を着た」好い男と言はれた。わたしの直ぐまへには、どれも四歳ぐらゐで死んでしまつたけれど、矢張り綺麗な子と賞めそやされた、兄が二人あつた。さて末子のわたしは父親母親のかす[#「かす」に傍点]で出來たに相違ない。「この兒は一番不器量だ」と生れたときに、誰かに言はれた。わたしは全く親同胞に似ぬ不器量な、そして擧動の至極ボンヤリした子供であつた。でもこの子供がまだ乳呑兒と、誰しも見るその年《とし》で、どうしてそんなことをと思へるくらゐ、二歳《ふたつ》から三つ四つ五つぐらゐの年齡《とし》までの、とぎれとぎれながら樣々の周圍の光景を、幻のやうに今なほあざやかに記憶してゐる。海の蠱惑はその中でも眞初めのものである。ああ、十二里の平野と山間の路を、荷馬車一臺に親子四人を乘せたか、人と荷物とを車二臺に分けたか、さういふことは知らないけれど、その時母の膝の上にでも抱かれてゐた、まだ滿にして一歳《ひとつ》にもならぬこの乳呑兒は、乳の香りする息を吐き吐き、春の光の下《もと》の海といふ晴れがましい極彩の魔女の衣裳を、不思議な樣にマンジリ目を開いて見|戍《まも》つてゐたのである……
人間
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