そのうち水のまにまに流れる丸太を見つけた
自分はそれをたよりにして泳いだ
また自分と同じやうな人に幾らも出逢つてその人等と握手し合つた
自分と同じ水難者であつた
皆んな同じやうな目をくぐり拔けて來た
自分等は合力して筏を作つた
めいめい持ち寄りの丸太を集めて筏を作つた
それから永遠の潮《うしほ》に棹さした
帆をあげた
波は荒くとも
しけであるとも
自分等は行きつく果てまで行く歌をうたつた

おお敗殘者よ
敗殘者よ
自分等は多くの溺るる人を遠くに見た
自分等はそれを見過して行かねばならなかつた
自分等の目の前には常に大きな敵がゐる
いき引くばかり空中をあふつて來る熱風
大旋風
出づる處を知らずまた行く處を知らない敵よ
自分等はそれと鬪つて行くのだ
山から山へ波のうねりをのして進んで行くのだ
ああ目なく耳ない氷山よ
永遠に背を見せて走る潮流よ
自分等は無言の恐怖の世界のなかを
前のめりに進んで行く

おお敗殘
みじめ
底知れぬ波間に溺れゆくものよ
君等をふり棄てて行く氣は堪へられないけれど
自分等の目の前には恐ろしい敵がゐる
後ろ髮をひかれながらも
自分等は前のめりに進んで行くのだ
ああ弱いもの、まゐつてるものは永遠に振り棄てるのだ
いつ逢ふか知れない世界に離《はな》れ離《ばな》れになつてしまふのだ
おお筏に折よく這ひ上がれた人は這ひ上りたまへ
棹をさし
帆をあげ
舵をまげろ
その船頭役は吾れ吾れ少數者がやつて行く

吾れらが舷燈は唯だ一つしかなく
吾れらが舷燈は船首にかかつてゐる
吾れらが舷燈は光力が鈍いが
吾れらが舷燈は行く先きを照らしてゐる
油壺の油は吾等の涙である
深かい涙である
夜の暗を照らしてゐる
斯くして永遠に吹きつのる風に逆うてゆく
暗の落ちつく先きは知らないが
斯くして進んで行く
ああ搖すれゆすれて休む間もない
吾等の筏に
夜な夜な輝く星よ
ふきつのる嵐よ
大うねりする波の回轉よ
そのたけり聲よ

夜が明けて晝になる
荒れはやむ事はない
ああその中に見る
太陽よ
吾が血を充ちふくらせるその熱度よ
空中にががんとして燃える大銅盤
おおその下をふく熱風
あらゆる生物《せいぶつ》をしをれ返へしてゆく極熱風

あるひは霰ふり
吹雪ふきちり
氷山流れ
埋葬の黒い鳥がさけぶ
極北よ

ああ吾が筏はかかる中をゆく
ああ吾が筏はかかる中をゆく
陸にゐるものは知らず

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