に突き當り
まことの生命《いのち》に生きろ
そのほかお前に何も言ふことはない
沈默だ

 太陽崇拜

[#天から4字下げ]來るべき詩人よ、來るべき雄辯者よ
[#地から2字上げ]ワルト・ホイツトマン
[#地から2字上げ]大正二年作

  ボヘミアンの歌 ――七月八日

嵐は過ぎた
洪水は過ぎた
唯だ流れてゆくのは河の泥水ばかりだ
土堤《どて》の柳の樹は
すんだ滴《しづく》をたらしてゐる
砂は踏むたびにぐさりぐさりとつぶやく
土堤《どて》のくび根までだぶりだぶりと浸して流れる大河
だぶりだぶりと兩側の岸を浸して
流れる大河
おおこの空に高く飛ぶ燕の群れよ
何處《いづこ》をさして行くとも知れない燕の群れよ
僕は君等を見る時親しい憧《あこが》れを感ずる
そのぺちやくちやしやべり交して行く聲を聽くと
つい可笑しくなつて笑ひ出してしまふ

自分はボヘミアンだ
けれども人生の底から根ざしてゐる愛がある
はてしない際涯《さいがい》は自分のラヴアだ
昨日のあの嵐の名殘りで白く崩れる
河口の波は
人氣《ひとげ》もないそのあたりの葦《あし》の茂《しげ》みは
愛するものの睡つてゐるたのしい處だ
自分はそこに棲家《すみか》を見出《みいだ》す
おお河尻《かはじり》よ
限りもなくつづいてゐる砂原であれ
おおそこから見える海よ
限りもなく廣いをやみない動搖《どうえう》であれ
自分はそのまだ見ない處に
小踊りしながら進む
嵐のあとの何人《なんぴと》も踏まない土堤《どて》の上を
はにかむやうなあたりの景色に溺れながら
だぶりだぶりと鳴る響きのよい
水音を聽きながら

  あらし ――七月十九日

何人《なんぴと》も感じない
このボヘミアンの心
すぐれた饑《う》ゑを感じながら
歩くのである

ふきつのる夜明け方の嵐に
自分は涙を感じる
ぐるりの林は狂亂してるからだ
頭《あたま》ごなしにざわだつて
西と東に吹き廻されるからだ

自分はこの涙ある力を
いつぱいに感じながら
歩いて行くのである
すぐれた饑《う》ゑを感じながら
あるいて行くのである

  自分のものにする女に送る歌 ――七月廿一日

私は君を戀してゐる
何故《なぜ》とも知らないけれど
自分は君に牽引《けんいん》を感ずる

君は馬鹿だ
盲目である
けれども君には純《じゆん》な魂がある
君は自分でそれを知らない
君は斯くして亡びてしまふのである

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