沈默した通行人は忙がしく
そして熱してすれ違ふ

窓から花のかざりがさがり
甃石の上をふむ群集の赤い影
褪色《たいしよく》したしかし芳《かんば》しい午前《ひるまへ》の香ひが
樺色のケツトのやうな刺激をつゝむ

折々電車の響はおどかして過ぎ去り
温く乾いた灰色の窓々は
音ある方に一心に瞳をあつめる

群集は舞踏でもする樣な足取《あしど》りで
赤く汗ばんだ顏をして
日向《ひなた》と日陰《ひかげ》をみだれ歩く

しかし弱々《よわよわ》しく晴れて
塵埃《ぢんあい》の多い空
いろいろな群集の帽子にこみあつて
温い刺激がふくれる

  薄白いともしび ――八月十日

蝋燭をとぼしなさい
ふかい影が落つる
焔《ほのほ》の下に
その私の指にふれてゆく
壁の下に
か弱い幻影《まぼろし》が眠つてゐる
私はあの日から室内を歩み
たどたどしい思ひを讀みながら
暗い廊下を眠りながらゆく

その眠りになやましい
指のあと
虚《うつろ》な窓に吸はれてゆく
一と時の薄白さ

  冬 ――九月二十五日

かざりない生活の
町の街燈《がいとう》――
微笑しながら涙をふいて町の街燈
降りそそぐ柳の霙《みぞれ》は
絶間《たえま》なく甃石《しきいし》に咳《しはぶ》けり

行交《ゆきか》ふ人影は下に降《ふ》りこめられて
暮れてゆく一と筋の水のひかり
とある街燈の油壺《あぶらつぼ》には灰色な波の
薄明かり……

斯うしてつぶやく夜《よる》が來た
薄ら寒い壁の感觸《てざはり》に
油の焔は河口《かはぐち》のガス燈のやうに

降りそそぐ柳の霙は
河口の波にふるへる
薄ガラスの家守《やもり》の腹は
銀の陰影《いんえい》に吸ひついてゐる

  安息日の晩れがた ――十一月十八日

古い蝋《らふ》の火のくすぼるるかなしさ
あはれ、あはれ尼達《あまたち》の合唱《コーラス》のかなしさ
安息日《あんそくじつ》の晩《く》れ方《がた》に薄ぐろい銀の錆《さび》をしみじみと
泣いてすぎゆく鐘の音《ね》
雪降りの窓のたよりない薄明り

過ぎた日の思ひ出には火を灯《とも》し
暴風が梢《しん》をわたる森の胸をひらき
懴悔《ざんげ》の鳩尾《みぞおち》に涙をとかして
この葬禮《さうれい》の夜を過《すご》させたまへ

鐘は風と一緒に鳴り、薄明りの窓のほとり
暮れよ、暮れよと尼達の暗い森の合唱《コーラス》

  娼女 ――十一月十八日

千夜萬夜《
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