な事をいうのですか。
令嬢。わたくしがどうしてそう思うのだか、お分りになりませんの。(立ち上る。)あなたは画家でいらっしゃいます。一日絵をおかきなさいますでしょう。それがただの一日でございますか。
画家。いいえ。勿論それはただの一日ではありません。多くの日をその一つの図に入れるのです。出来る事ならわたくしの覚えているだけの日をみんな入れるのです。
令嬢。それ御覧なさいまし。秘密を道破しておしまいなさいましたわ。
画家。なぜ。
令嬢。あなたはきのう宴会にいらっしゃる時、絵をかきかけて置いていらっしゃったのではございませんか。
画家。かいてはいなかったのです。しかし。
令嬢。でもかこうと思っていらっしゃったのでございましょう。
画家。かけるかも知れないと位は思っていたのですよ。
令嬢。(喜ばし気に。)そこでおかきなさったのでございますわ。あなたは作品に加える尺度をわたくしに加て、わたくしとあなたとの間を、一つの作品にしておしまいなさったのでございます。しかも不朽の作品に。
画家。(悲し気に。)あなたが不朽だといったって、その作品は今日跡もなく亡《ほろ》びているのです。
令嬢。あなたはそう仰
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