こころやす》くしていらっしゃいますの。
学士。そうですね。古い知合という程度ですよ。年を取った男爵は、わたくしの医者としての職業上で、よほど前からわたくしと交際していられるのです。それから今度嫁に来られるお嫁さんのお里もわたくしは知っています。
姉。それでは御縁組のある両家ともお知合なのですね。それなのに儀式にはいらっしゃらなかったのですか。
学士。いや。わたくしは婚礼の席へ行くのは大嫌《だいきらい》です。
姉。気味の悪いようにお思いなさるのでしょうか。
学士。そうですね。何んだかこう角立《かどだ》って、大業《おおぎょう》に見せるのが不愉快なのです。
姉。それではあなたのお考《かんがえ》では、婚礼というものは、こっそりいたした方が宜しいのですね。
学士。ええ。なるべく目に立たないようにしたいものです。葬《とむらい》の方なら、少しは盛大にしたって好いのです。死人を嫉《ねた》むものはありませんから。
姉。それはそうでございますね。死人なら誰も嫉みは致しますまい。そういうお心持は分りますわ。
学士。どうお分りですか。
姉。あなたは生活がお好《すき》なのでしょう。
学士。(微笑む。)兎に角生活していますよ。
姉。それだけで沢山です。兎に角あなたは旧思想の方《かた》ではございませんのね。
学士。(微笑む。)それでは旧思想の人は生活していないと仰《おっし》ゃるのですか。
姉。(たゆたいつつ。)それは同じ生活しているといっても違いますわ。
画家。(外套《がいとう》を着、手に帽と手袋とを持ち登場。)さあ。行きましょう。
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(学士立つ。)
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姉。遅くなりはしなくって。
画家。なあに。四五分で行かれるのだから。
姉。(学士に。)そんなら、御機嫌宜しゅう。もっとお話が伺いたかったのですが、為様がございませんね。事によったらまたここで偶然お目にかかれるかも知れませんね。
学士。そんな偶然な事があっても、あなたは御迷惑ではございませんか。
姉。いいえ。どう致しまして。それに偶然というものもつまりは法則があって出来るのではございますまいか。
学士。それであなたは法則というものを尊《たっと》んでいらっしゃるのですね。
姉。ある法則には服従しますわ。言って見れば。
学士。言って見れば。
姉。言って見れば、友
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