ると、戸外にはときどき小さい呼子のような声のものが鳴いた。
 十一時になって折田は帰って行った。帰るきわに彼は紙入のなかから乗車割引券を二枚、
「学校へとりにゆくのも面倒だろうから」と言って堯に渡した。

     六

 母から手紙が来た。
 ――おまえにはなにか変わったことがあるにちがいない。それで正月上京なさる津枝さんにおまえを見舞っていただくことにした。そのつもりでいなさい。
 帰らないと言うから春着を送りました。今年は胴着を作って入れておいたが、胴着は着物と襦袢《じゅばん》の間に着るものです。じかに着てはいけません。――
 津枝というのは母の先生の子息で今は大学を出て医者をしていた。が、かつて堯《たかし》にはその人に兄のような思慕を持っていた時代があった。
 堯は近くへ散歩に出ると、近頃はことに母の幻覚に出会った。母だ! と思ってそれが見も知らぬ人の顔であるとき、彼はよく変なことを思った。――すーっと変わったようだった。また母がもう彼の部屋へ来て坐りこんでいる姿が目にちらつき、家へ引き返したりした。が、来たのは手紙だった。そして来るべき人は津枝だった。堯の幻覚はやんだ。
 街
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