かなかった。が、友達の噂学校の話、久濶《きゅうかつ》の話は次第に出て来た。
「この頃学校じゃあ講堂の焼跡を毀《こわ》してるんだ。それがね、労働者が鶴嘴《つるはし》を持って焼跡の煉瓦壁へ登って……」
その現に自分の乗っている煉瓦壁へ鶴嘴を揮《ふる》っている労働者の姿を、折田は身振りをまぜて描き出した。
「あと一と衝《つ》きというところまでは、その上にいて鶴嘴《つるはし》をあてている。それから安全なところへ移って一つぐわんとやるんだ。すると大きい奴《やつ》がどどーんと落ちて来る」
「ふーん。なかなかおもしろい」
「おもしろいよ。それで大変な人気だ」
堯《たかし》らは話をしているといくらでも茶を飲んだ。が、へいぜい自分の使っている茶碗《ちゃわん》でしきりに茶を飲む折田を見ると、そのたび彼は心が話からそれる。その拘泥がだんだん重く堯にのしかかって来た。
「君は肺病の茶碗を使うのが平気なのかい。咳をするたびにバイキンはたくさん飛んでいるし。――平気なんだったら衛生の観念が乏しいんだし、友達|甲斐《がい》にこらえているんだったら子供みたいな感傷主義に過ぎないと思うな――僕はそう思う」
言って
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