を撲《う》つ音。やつでの葉を弾く音。枯草に消える音。やがてサアーというそれが世間に降っている音がきこえ出す。と、白い冬の面紗《ヴェイル》を破って近くの邸からは鶴の啼き声が起こった。堯の心もそんなときにはなにか新鮮な喜びが感じられるのだった。彼は窓際に倚《よ》って風狂というものが存在した古い時代のことを思った。しかしそれを自分の身に当て嵌《は》めることは堯にはできなかった。
五
いつの隙にか冬至が過ぎた。そんなある日|堯《たかし》は長らく寄りつかなかった、以前住んでいた町の質店へ行った。金が来たので冬の外套《がいとう》を出しに出掛けたのだった。が、行ってみるとそれはすでに流れたあとだった。
「××どんあれはいつ頃だったけ」
「へい」
しばらく見ない間にすっかり大人びた小店員が帳簿を繰った。
堯はその口上が割合すらすら出て来る番頭の顔が変に見え出した。ある瞬間には彼が非常な言い憎さを押し隠して言っているように見え、ある瞬間にはいかにも平気に言っているように見えた。彼は人の表情を読むのにこれほど戸惑ったことはないと思った。いつもは好意のある世間話をしてくれる番頭だった。
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