町を私は友の一人と霊南坂を通って帰って来ました。私の処へ寄って本を借りて帰るというのです。ついでに七葉樹の花を見ると云います。この友一人がそれを見はぐしていたからです。
道々私は唱《うた》いにくい音諧《おんかい》を大声で歌ってその友人にきかせました。それが歌えるのは私の気持のいい時に限るのです。我善坊の方へ来たとき私達は一つの面白い事件に打《ぶつ》かりました。それは螢《ほたる》を捕まえた一人の男です。だしぬけに「これ螢ですか」と云って組合せた両の掌の隙を私達の鼻先に突出しました。螢がそのなかに美しい光を灯していました。「あそこで捕《と》ったんだ」と聞きもしないのに説明しています。私と友は顔を見合せて変な笑顔になりました。やや遠離《とおざか》ってから私達はお互いに笑い合ったことです。「きっと捕まえてあがってしまったんだよ」と私は云いました。なにか云わずにはいられなかったのだと思いました。
飯倉の通りは雨後の美しさで輝いていました。友と共に見上げた七葉樹には飾燈《ネオン》のような美しい花が咲いていました。私はまた五六年前の自分を振返る気持でした。私の眼が自然の美しさに対して開き初めたの
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