立ててある。
「御嶽教会×××作之」と。
茅屋根《かややね》の雪は鹿子斑《かのこまだら》になった。立ちのぼる蒸気は毎日弱ってゆく。
月がいいのである晩行一は戸外を歩いた。地形がいい工合に傾斜を作っている原っぱで、スキー装束をした男が二人、月光を浴びながらかわるがわる滑走しては跳躍した。
昼間、子供達が板を尻に当てて棒で揖《かじ》をとりながら、行列して滑る有様を信子が話していたが、その切り通し坂はその傾斜の地続きになっていた。そこは滑石を塗ったように気味悪く光っていた。
バサバサと凍った雪を踏んで、月光のなかを、彼は美しい想念に涵《ひた》りながら歩いた。その晩行一は細君にロシアの短篇作家の書いた話をしてやった。――
「乗せてあげよう」
少年が少女を橇《そり》に誘う。二人は汗を出して長い傾斜を牽《ひ》いてあがった。そこから滑り降りるのだ。――橇はだんだん速力を増す。首巻がハタハタはためきはじめる。風がビュビュと耳を過ぎる。
「ぼくはおまえを愛している」
ふと少女はそんな囁《ささや》きを風のなかに聞いた。胸がドキドキした。しかし速力が緩み、風の唸《うな》りが消え、なだらかに橇が止
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