街道や菜園や、地形の変化に富んだその郊外は静かで清《すが》すがしかった。乳牛のいる牧場は信子の好きなものだった。どっしりした百姓家を彼は愛した。
「あれに出喰わしたら、こう手綱《たづな》を持っているだろう、それのこちら側へ避けないと危いよ」
行一は妻に教える。春埃の路は、時どき調馬師に牽《ひ》かれた馬が閑雅な歩みを運んでいた。
彼らの借りている家の大家というのは、この土地に住みついた農夫の一人だった。夫婦はこの大家から親しまれた。時どき彼らは日向《ひなた》や土の匂いのするようなそこの子を連れて来て家で遊ばせた。彼も家の出入には、苗床が囲ってあったりする大家の前庭を近道した。
――コツコツ、コツコツ――
「なんだい、あの音は」食事の箸《はし》を止めながら、耳に注意をあつめる科《しぐさ》で、行一は妻に※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《めくば》せする。クックッと含み笑いをしていたが、
「雀よ。パンの屑を屋根へ蒔いといたんですの」
その音がし始めると、信子は仕事の手を止めて二階へ上り、抜き足差し足で明り障子へ嵌《は》めた硝子《ガラス》に近づいて行った。歩くのじゃなしに、揃《そ
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