」に傍点]で彼の一番眼に慣れた着物だった。その故か、見ていると不思議なくらい信子の身体つきが髣髴《ほうふつ》とした。
 夕立はまた町の方へ行ってしまった。遠くでその音がしている。
「チン、チン」
「チン、チン」
 鳴きだしたこおろぎの声にまじって、質の緻密な玉を硬度の高い金属ではじくような虫も鳴き出した。
 彼はまだ熱い額を感じながら、城を越えてもう一つ夕立が来るのを待っていた。



底本:「檸檬・ある心の風景」旺文社文庫、旺文社
   1972(昭和47)年12月10日初版発行
   1974(昭和49)年第4刷発行
入力:j.utiyama
校正:野口英司
1998年9月8日公開
2005年10月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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