が、晩秋蚕もすんでしまったいま、もう霜に打たれるばかりの葉を残して日に照らされていた。雑木と枯茅でおおわれた大きな山腹がその桑畑へ傾斜して来ていた。山裾に沿って細い路がついていた。その路はしばらくすると暗い杉林のなかへは入ってゆくのだったが、打ち展けた平地と大らかに明るい傾斜に沿っているあいだ、それはいかにも空想の豊かな路に見えるのだった。
「ちょっとあすこをご覧なさい」私は若い母に指して見せた。背負い枠《わく》を背負った村の娘が杉林から出て来てその路にさしかかったのである。
「いまあの路へ人が出て来たでしょう。あれは誰だかわかりますか。昨夜湯へ来ていた娘ですよ」
私は若い母が感興を動かすかどうかを見ようとした。しかしその美しい眼はなんの輝きもあらわさなかった。
「僕はここへ来るといつもあの路を眺めることにしているんです。あすこを人が通ってゆくのを見ているのです。僕はあの路を不思議な路だと思うんです」
「どんなふうに不思議なの」
母はややたたみかけるような私の語調に困ったような眼をした。
「どんなふうにって、そうだな、たとえば遠くの人を望遠鏡で見るでしょう。すると遠くでわからなかったその人の身体つきや表情が見えて、その人がいまどんなことを考えているかどんな感情に支配されているかというようなことまでが眼鏡のなかへは入《い》って来るでしょう。ちょうどそれと同じなんです。あの路を通っている人を見るとつい私はそんなことを考えるんです。あれは通る人の運命を暴露《ばくろ》して見せる路だ」
背負い枠の娘はもうその路をあるききって、葉の落ち尽した胡桃《くるみ》の枝のなかを歩いていた。
「ご覧なさい。人がいなくなるとあの路はどれくらいの大きさに見えて人が通っていたかもわからなくなるでしょう。あんなふうにしてあの路は人を待ってるんだ」
私は不思議な情熱が私の胸を圧して来るのを感じながら、凝っとその路に見入っていた。父の妻、私の娘、美しい母、紫色の着物をきた人。苦しい種々の表象が私の心のなかを紛乱して通った。突然、私は母に向かって言った。
「あの路へ歩いてゆきましょう。あの路へ歩いて出ましょう。私達はどんなに見えるでしょう」
「ええ、歩いてゆきましょう」華《はな》やかに母は言った。「でも私達がどんなにちいさく見えるかというのは誰が見るの」
腹立たしくなって私は声を荒らげた。
「
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