》み出して相手に叩きつけたいような癇癪《かんしゃく》が吉田には起こって来るのだった。
しかし結局はそれも「不安や」「不安や」という弱々しい未練いっぱいの訴えとなって終わってしまうほかないので、それも考えてみれば未練とは言ってもやはり夜中なにか起こったときには相手をはっ[#「はっ」に傍点]と気づかせることの役には立つという切羽《せっぱ》つまった下心《したごころ》もは入っているにはちがいなく、そうすることによってやっと自分一人が寝られないで取り残される夜の退引《のっぴ》きならない辛抱をすることになるのだった。
吉田は何度「己《おのれ》が気持よく寝られさえすれば」と思ったことかしれなかった。こんな不安も吉田がその夜を睡《ね》むる当てさえあればなんの苦痛でもないので、苦しいのはただ自分が昼にも夜にも睡眠ということを勘定に入れることができないということだった。吉田は胸のなかがどうにかして和《やわ》らんで来るまでは否《いや》でも応でもいつも身体を鯱硬張《しゃちこば》らして夜昼を押し通していなければならなかった。そして睡眠は時雨空《しぐれぞら》の薄日のように、その上を時どきやって来ては消えてゆく
前へ
次へ
全38ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
梶井 基次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング