の末の弟も
「お母さん、もう今度からそんなこと言うのん嫌《いや》でっせ」
 と言ったのでなんだか事件が滑稽になって来て、それはそのままに鳧《けり》がついてしまったのだった。
 この町へ帰って来てしばらくしてから吉田はまた首|縊《くく》りの縄を「まあ馬鹿なことやと思うて」嚥《の》んでみないかと言われた。それをすすめた人間は大和《やまと》で塗師《ぬしや》をしている男でその縄をどうして手に入れたかという話を吉田にして聞かせた。
 それはその町に一人の鰥夫《やもめ》の肺病患者があって、その男は病気が重ったままほとんど手当をする人もなく、一軒の荒《あば》ら家に捨て置かれてあったのであるが、とうとう最近になって首を縊《くく》って死んでしまった。するとそんな男にでもいろんな借金があって、死んだとなるといろんな債権者がやって来たのであるが、その男に家を貸していた大家がそんな人間を集めてその場でその男の持っていたものを競売にして後仕末をつけることになった。ところがその品物のなかで最も高い値が出たのはその男が首を縊った縄で、それが一寸二寸というふうにして買い手がついて、大家はその金でその男の簡単な葬式をし
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