というものを通じて見ても、そういう世間がこの病気と戦っている戦の暗黒さを知ることができるのだった。
最初それはまだ吉田が学生だった頃、この家へ休暇に帰って来たときのことだった。帰って来て※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》吉田は自分の母親から人間の脳味噌《のうみそ》の黒焼きを飲んでみないかと言われて非常に嫌な気持になったことがあった。吉田は母親がそれをおずおずでもない一種変な口調で言い出したとき、いったいそれが本気なのかどうなのか、何度も母親の顔を見返すほど妙な気持になった。それは吉田が自分の母親がこれまでめったにそんなことを言う人間ではなかったことを信じていたからで、その母親が今そんなことを言い出しているかと思うとなんとなく妙な頼りないような気持になって来るのだった。そして母親がそれをすすめた人間からすでに少しばかりそれをもらって持っているのだということを聞かされたとき吉田はまったく嫌な気持になってしまった。
母親の話によるとそれは青物を売りに来る女があって、その女といろいろ話をしているうちにその肺病の特効薬の話をその女がはじめたというのだった。その女には肺病
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