んと予定の仕組で、今もしあの男の影があすこへあらわれたら、さあいよいよと舌を出すつもりにしていたのではなかろうか……」
生島はだんだんもつれて来る頭を振るようにして電燈を点《とも》し、寝床を延べにかかった。
3
石田(これは聴き手であった方の青年)はある晩のことその崖路の方へ散歩の足を向けた。彼は平常歩いていた往来から教えられたはじめての路へ足を踏み入れたとき、いったいこんなところが自分の家の近所にあったのかと不思議な気がした。元来その辺はむやみに坂の多い、丘陵と谷とに富んだ地勢であった。町の高みには皇族や華族の邸に並んで、立派な門構えの家が、夜になると古風な瓦斯《ガス》燈の点《つ》く静かな道を挾《はさ》んで立ち並んでいた。深い樹立のなかには教会の尖塔《せんとう》が聳《そび》えていたり、外国の公使館の旗がヴィラ風な屋根の上にひるがえっていたりするのが見えた。しかしその谷に当ったところには陰気なじめじめした家が、普通の通行人のための路ではないような隘路《あいろ》をかくして、朽ちてゆくばかりの存在を続けているのだった。
石田はその路を通ってゆくとき、誰かに咎められはしないか
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