かに探しているのであった。
彼の心はまた、彼がその崖の上から見るあの窓のことを考え耽《ふけ》った。彼がそのなかに見る半ば夢想のそして半ば現実の男女の姿態がいかに情熱的で性欲的であるか。またそれに見入っている彼自身がいかに情熱を覚え性欲を覚えるか。窓のなかの二人はまるで彼の呼吸を呼吸しているようであり、彼はまた二人の呼吸を呼吸しているようである、そのときの恍惚《こうこつ》とした心の陶酔を思い出していた。
「それに比べて」と彼は考え続けた。
「俺《おれ》が彼女に対しているときはどうであろう。俺はまるで悪い暗示にかかってしまったように白《しら》じらとなってしまう。崖の上の陶酔のたとえ十分の一でも、何故彼女に対するとき帰って来ないのか。俺は俺のそうしたものを窓のなかへ吸いとられているのではなかろうか。そういう形式でしか性欲に耽《ふけ》ることができなくなっているのではなかろうか。それとも彼女という対象がそもそも自分には間違った形式なのだろうか」
「しかし俺にはまだ一つの空想が残っている。そして残っているのはただ一つその空想があるばかりだ」
机の上の電燈のスタンドへはいつの間にかたくさん虫が集
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