。そのあとで彼女はすぐ自分の寝床へ帰ってゆくのである。生島はその当初自分らのそんな関係に淡々とした安易を感じていた。ところが間もなく彼はだんだん堪《たま》らない嫌悪を感じ出した。それは彼が安易を見出していると同じ原因が彼に反逆するのであった。彼が彼女の膚に触れているとき、そこにはなんの感動もなく、いつもある白《しら》じらしい気持が消えなかった。生理的な終結はあっても、空想の満足がなかった。そのことはだんだん重苦しく彼の心にのしかかって来た。そのうちに彼は晴ればれとした往来へ出ても、自分に萎《しな》びた古手拭のような匂いが沁《し》みているような気がしてならなくなった。顔貌にもなんだかいやな線があらわれて来て、誰の目にも彼の陥っている地獄が感づかれそうな不安が絶えずつきまとった。そして女の諦《あきら》めたような平気さが極端にいらいらした嫌悪を刺戟するのだった。しかしその憤懣《ふんまん》が「小母さん」のどこへ向けられるべきだろう。彼が今日にも出てゆくと言っても彼女が一言の不平も唱えないことはわかりきったことであった。それでは何故出てゆかないのか。生島はその年の春ある大学を出てまだ就職する口が
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