はプルウストの話し方が少し難かしい上に、今云つたインテイメイトな話し方で、大層譯すのに困難な長いセンテンスを持つてゐるやうだ。そこへまた今云つた聖人の名だとか、お菓子の名だとか、僕達がそれに相應した心像を持つてゐない名が二つ三つ行列してはひつて來るともう駄目で、到底一度では意味の通らない文章になつてしまふ。僕はこの誌上出版記念の會へ顏出しするために是非一と通りは讀んでしまひ度かつたのだが、文章のさういふところがかたまつて出て來るとついほかのことを考へてしまつて大層進みが惡かつた。また無理にこんな本を讀んでしまひ度くもないので、回想の甘美な氣持に堪へなくなつて來ると遠慮なく頁から眼を離し、かういふ人間のものを讀んでゐるとどこまで此方の素朴な經驗の世界が侵されてしまふかわからないと思ふとまた本を閉ぢてしまふのだ。
 プルウストのことについては立派な評論もあるだらうし、またこれからも立派なものが書かれるだらう。だから僕は喜んでこの半分しか讀んでゐない感想を書いて提出することとしよう。終りに臨んでこれから何册もこれを出してゆく譯者、佐藤君と淀野の自愛を願つておく。
[#地から1字上げ](昭和六年九月)



底本:「梶井基次郎全集 第一卷」筑摩書房
   1999(平成11)年11月10日初版第1刷発行
初出:「作品」
   1931(昭和6)年9月号
入力:土屋隆
校正:高柳典子
2005年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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