風《やつこふう》をするやうになり、奴|氣質《かたぎ》を賣りものにしたが、それは侠《きやん》で、パリ/\とした、いい氣つぷ、ものに拘はらない、金に轉ばないといふたてまへで江戸藝者など、それをまづ第一の素質とした。これは夕立をこのみ、櫻花の散りぎはを賞美する、いさぎよさを好む、日本人的代表な、さつぱりした氣質なのだが、それつきりでは困りもので、江戸ツ子は皐月《さつき》の鯉の吹き流しなどと、得意になつてゐた一部もあるが、サラリとしたそのうらに、噛みしめた細かいキメはもつてゐる。それは、都會人特有のセンチメンタルだとばかりもいへない。しかし、それはよい方のことばかりいつたので、奴氣質とはなにかと、字典を開くと、放埓、無頼の氣質、折助根性《をりすけこんじよう》とある。奴詞《やつこことば》は一種粗雜な言葉づかひ、六方《ろつぱう》ことば、關東《くわんとう》べい、とある。
 徳川九代家重の寛延元年七月廿七日の禁令には(百八十八年前)
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おつて供※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り徒士の者、中間《ちゆうげん》、奴共風俗|不宜《よろしからず》がさつに有之、供先にても口論仕不屆に候自今風俗相改かうとふ[#「かうとふ」に傍点]と致し、相愼《つゝし》め
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 とある。同年八月十日にもまた、
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惣《すべ》て供※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りの徒士《かち》の者共風俗がさつに候、中間共も異風に取拵《とりこしらへ》候者共多相見え別《わけ》てがさつ[#「がさつ」に傍点]に有之候。
奴共別てかさ[#「かさ」に傍点]高にて候間供先にても口論等致又者惡言等申者之有候はば急度お仕置[#「お仕置」に傍点]申付にて可有之候。
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とあり、同日の觸れには
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近年町人異風に取拵候風俗の者多く就中|髮抔《かみなど》を異形に結成《ゆひな》し共外異體の族《ともがら》有之候間、召仕等迄急度申付風俗かうとふ[#「かうとふ」に傍点]に致萬事がさつに無之樣可致候。
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とある。
 奴と名乘つた男女の侠客に、元祿《げんろく》の奴の小萬と、後《のち》に奴の治兵衞といふのがある。小萬は大阪長堀に生れ、木津家といふ豪家の娘だつたといふ。ゆきといふのが本名かどうか、後に三好氏が祖先だからとて、三好ゆきとなり、剃髮して正慶尼となつたが、美人で侠氣があり、才藻ゆたかに學問もあつて、しかも金持ちの娘で腕が立つといふのだから、おあつらへむきでもあり、また驕慢でもあつたらう。つきまとふ男がうるさいといつて、顏に墨をなすつて痣をこしらへ、しかも妙齡十六の時、天王寺詣りの歸りに蛇坂《へびざか》で四人組の惡者が、ただの娘だと思ひ、引つ浚はうとしたのを、覺えの早業でとりひぢき恐れ入らせたので、奴の小萬の名は風のやうに廣まつた。
 二十の春、京へ上り、禁中に仕へ、長局《ながつぼね》が祐筆をして五年をおくつたが、また大阪へ歸つた。奴風俗伊達な刀の一本ざし、ある時には豐臣秀頼の追善にと、にはか雨にぬれる男女に傘百本を寄附したりしたといふが、柳里恭柳澤淇園《りうりけふやなぎさはきゑん》が通《かよ》つたとも、堂上家《だうじやうけ》の浪人を男妾にしてゐたが、その男が義に違ふことをしたので放逐し、その後は男を近づけなかつたともいはれてゐる。この小萬などが、まあ、つぶだつた女親分とか、姐御などの先人であらう。
 姐御――阿嫂《あさう》のほんもとは、なんとなく支那にありさうだが、支那のものを讀んでゐないから分らない。水滸傳など、ああした作りものとしても、あの虎を張り殺した武松《ぶしやう》にしびれ酒をのませ、母夜叉孫二娘《ぼやしやそんじじやう》――孟洲の路《みち》の、大樹林の十字波の酒店で、頭には鐵環をはめ、鬢には野花をさした美しい女が、人肉の肉包を賣つてゐたり、これも登洲城の東門の外で、酒を商つてゐた、母大虫顧大嫂《ぼだいちうこたいさう》といふ勇力武藝男子にすぐれ、四五十個の男も敵とするあたはずといふ女猛者《をんなもさ》は、おなじ、梁山伯《りようざんぱく》の女性のうちでも、扈家莊《こやそう》の女將で、五百の手勢を率ゐ、白馬にまたがつて兩刄をつかつた、お姫樣出の、美女|一丈青扈三孃《いちぢやうせいこさんじやう》などよりは、姐御といふことばのはまつた器であると思ふ。ああした粉本《ふんぽん》は、あの頃ばかりではなく、支那には澤山あつたのかも知れない。シベリヤお菊とか、おらんだお蝶とか、海外漂泊の女の中にも、さうした方面の人たちは、我國の實在の女性にも多かつたであらうが――
 それにしても、姐御とはどうしても、浮世ずれのしたところと、世帶ずれもあつて、いはゆる、下腹《したはら》に毛のないといつた
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