若い者が調戲《からか》つて、
爺さんなよく毎日殘つてゐるな、もう腐つてゐるだらう。河の中へ歸《けへ》しておけよ、勿體《もつたい》ねえぢや困るぜ、と
鰯がはいつて來たな、と沖からはいつて來る漁船《ふね》を見て、一人が言つた。
兄《あに》い、寺は何處だい、御苦勞だな、と棹をいれながら、船頭が挨拶をした。
寺つて言へばよ、をかしいことがあるのよ、坊主なんて辛《ひど》いことをするぜ、尤も俺達も亂暴にや違ひないが、去年よ小石川の寺院《てら》でよ、初さんところの葬式の來るのが遲れたのでな、前《さき》へ行つてゐた者が、一盃《いつぺい》やり始めたのよ、すると誰かが外で、其處いらには珍《めづ》らしい新らしい鰯《の》を、見つけたといつて買つて來たのよ、買つてくる奴も奴ぢやねえか、一盃機嫌だから、御本堂も何もあるものか、よからうと言ふので燒出したのよ、すると和尚め、よい匂ひですな、なんてやつて來やがつて、旨い漬物を出してよ、よろしければおかはりをなさいましと來たのだ、どうです和尚《おしやう》さん御一緒《ごいつしよ》になつては、と言ふとな、結構ですと言やがるんだ、厭になつちまふぢやねえか、其處ですつかり仲間になつてやつてしまふとな、佛を持つて來たのだらう、すると皆《みんな》が妙だ。妙だ、變な匂ひがするつて、ヘツ、する筈だあな、線香で鰯の匂ひを消さうと思やがつて、和尚《おしやう》が燻《いぶ》したてるんだ、たまらねえ。
呆れてしまふな、何宗だい。
何宗だか、俺《おれ》ンの家《とこ》の寺ぢやねえもの知らねえや。
親鸞樣《しんらんさま》は矢ツ張り豪《えら》いな。
さうともよ、末世《まつせ》を見通しなされたのだ、あれほどのお方で妻帶をなすつたのは、御自分の豪《えら》いのを知つて、後《のち》の坊主どもが、とてもそんな堅つくるしくしてゐられめえと、わざと御自分がみんなの爲に、ああなすつたのだとよ、豪《えれ》いな、眼があるのだ、有難い話ぢやねえか。
あしたの紅顏《こうがん》夕《ゆふ》べに白骨《はつこつ》となる、ほんとだ、まつたくだ、南無阿彌陀佛と言ひたくならあな。
お前の家は何宗だつけな。
本願寺だ。
――當りますよ、大當り、と船頭は聲を張あげた。
雨の日に、年をとつた勞働者が二三人、寒さうに顫へながら、小さな聲でこんな咄《はな》しをしてゐた。
金華山て何處だらう。
さう
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