「先生ンとこのお嬢さん、どちらへおやりになっているのかと、申す者もございます」
 と、父に耳打ちをする者もあるので、母が気にしだした。縁談なども、選りにもよって近所の鉄成金の家で、家じゅうで芸妓遊びをするといった派手な家からの所望を、昔を知っているから大事にするだろうとか――厳しく躾《しつ》けたのは、そんなところへやる為ではなかったであろうに、若き娘は、暮しむきの賑わしさに眩惑されて、生来の気質をあらためるかとでも思ったあやまりであったでもあろう、もとから知りあっていた両家は頻繁に往来し、道楽で勘当されていたという次男に分家支店をもたせ、あたしを貰うことにきめてしまった。
 ――いやだ、いやだ、いやだ。
 訴えるすべもないので、あたしは枕もとの行燈を、ひと晩中に真っ黒におなじ字で書きつぶしてしまった。父に見られたら、どうにかなるという思いで一ぱいだったが、なんのこと、翌日は真っ白に張りかえられてある。どうしてよいか分からぬ憂欝に、病《わずら》いついた。長く寝てしまったが、漸く床の上に起きあがれる日、びっくらしたのは、立派な結納の品々が、運びこまれ、紋付きの人たちが、病気全快のあいさつ
前へ 次へ
全39ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング