ゆっくりはいりたければ、代金さえ支払えば定員だけはいらなくともよいのだし、そのかわりに子供も交《ま》ぜて六人はいっている窮屈なのもある。それを一桝とれとか二桝ともいった。桟木《ませ》は――ツマリ仕切りは、出方《でかた》――劇場員によって取りはずしてくれるから、連れであることは桝を見ればわかるのだった。役者の連中は、この長い竪《たて》の溝を貫ぬいて幾本もとるのと、夏なぞは、その役者の揃いの浴衣を着て、役者の紋のついている団扇《うちわ》を一人ひとりが持っているので、華《はな》やかでもあり、宣伝としても効果的だった。花道の外になる両側は三段、もしくは四段の雛段《ひなだん》式に場席がなっていて、一桝くぎりはおなじだが、これは舞台へ斜めにむかう工合《ぐあい》で、おなじ竪に流れていながら横にならんでいる感じでならび、一段ごとに緋《ひ》の毛氈《もうせん》がかかっていた。もとより、その雛段にも連中は並《なら》んだから、魚河岸《うおがし》とか新場とか、大根河岸《だいこんがし》とか、吉原や、各地の盛り場の連中見物、その他、水魚連《すいぎょれん》とか、六二連《ろくにれん》、見連《けんれん》といった、見巧者《みごうしゃ》、芝居ずきの集まった、権威ある連中の来た時など、祝儀をもらった出方《でかた》が、花道に並んでその連中に見物の礼を述べたり、手打《てうち》をしたりして賑わしかった。
この雛段を、下から、新高《しんだか》、高土間《たかどま》、桟敷《さじき》ととなえ、二階にあるのは二階|桟敷《さじき》、正面桟敷といった。そこにも緋のもうせんがかかっている。「助六《すけろく》」の狂言の時などは、この二階桟敷の頭の上と、下の桟敷の頭の上に、花のれんがさがり、提灯《ちょうちん》がつるされるので、劇場内は、ぐるりと一目《ひとめ》に、舞台の場面とおなじ調子をつくりだすので、見ている観客までがその場の、一場景につかわれる見物人にもなるので、浮立ってくる心理が、とても、こく[#「こく」に傍点]のある甘さとなって、演じる役者もみるものも、とうぜんと酔っぱらったのではないかと思うし、昔の芝居のおもしろさは、こんなところにあったのだなということが、今になって思われるのだった。
そうした桟敷の後の板戸を、そっと引き開けるものがあった。舞台に夢中になっている女たちは気がつかなかったが、ちいさな、あんぽんたんは、透間
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