がけ(金巾は珍らしかったものと見える)、祖母《おばあ》さんのお古《ふる》の、絽《ろ》の小紋の、袖の紋のところを背にしたちゃんちゃんこを着せられて、てもなくでく人形のおつくりである。
 ――ある時(妹でも出来た時かも知れない)、理髪店《かみゆいどこ》ではじめて剃ってもらった時、私ははじめじぶくったが、あたしを抱いていた女中が大層機嫌がよかったので、しまいにはあたしまで悦《よろこ》んで膝の上で跳《は》ねた。職人はたぶん女中の頸《えり》をおまけに剃ってやっていたのであろうが、あたしがあんまり跳《はね》るので、女中にもなんしょで、ひょいと、あたしのお奴《やっこ》を片っぽとってしまった。あたしはなおさらよろこんだ。機嫌のよい女中におぶさって帰ってくると、すぐおせんべやの首振りお婆さんに見せにいった。ただ笑って、よころんで指で毛のないあとを押し示した。
「あらまあ、お供《とも》さんが片っぽおちて――」
 お婆さんは歯のない口を一ぱいにあいて笑った。だが、この人は直《じ》きなくなって、おせんべやは荷車の置場に、屋根と柱だけが残されるようになった。竹であんだ干籠《ほしかご》に、丸いおせんべの原形が干してあったのも、その傍《かたわら》にあたしの着物を張った張板《はりいた》がたてかけてあったのも、その廻りを飛んでいた黄色の蝶と、飛び去ってしまった。
 角の芋屋がまだ八百屋のころ、お其《その》という小娘が店番をしていた。ちいさい時、神田から出た火事で此処《ここ》らは一嘗《ひとなめ》になって、みんな本所《ほんじょ》へ逃げた時、お其は大溝《おおどぶ》におちて泣き叫んでいたのをあたしの父が助けあげて、抱《かか》えて逃げたので助かったといって、私の赤ン坊の時分からよく合手《あいて》をして遊ばせてくれた。だが、先方《さき》も正直な小娘である。店番をしている時、無銭《ただ》でとっていったら泥棒とどなれと教えこまれていた。あたしはまた、お金というものがある事を知らず、品物は買うものだということをちっとも知らなかった。他人《ひと》のものも、自分のものも、所有ということを知らず、いやならばとらず、好きならばとってもよいと、弁《わきま》えなく考えていたと見え、ばかに大胆で、げじけし[#「げじけし」に傍点]をおさえて見ていたが、急に口へもってゆこうとして厳しく叱られたりしたというが、その時も、お其《その》の店の赤いものに目がついて、しゃがんで二つ三つとった。お其はだまって見ていたが――たんばほおずきが幾個《いくつ》破られて捨られてもだまって見ていたが、そのまま帰りかけると、大きな声で、
「盗棒《どろぼう》、盗棒、盗棒――」
と喚《わめ》きだした。もとより、あたしもお其にかせいして、盗棒とどなった。
 諸方《ほうぼう》から人が出て来たが盗棒はいなかった。するとお其はあたしに指さして、
「盗棒!」
と言った。幼心《おさなごころ》にはずかしさと、ほこらしさで、あたしもはにかみながら、
「盗棒!」
とおうむがえしに言った。みんなが笑った。あたしの祖母がお褄《つま》をとって来て、巾着《きんちゃく》からお金を払い、お其にもやった。八百屋の親たちはしきりにおじぎをした。
 おせんべやの首振婆さんが私を抱えて帰った。お其も遊びについて来た。
 間もなくべったら市《いち》の日が来て、昼間から赤い巾《きれ》をかけた小さな屋台店がならんだ。こんどはお其があたしの後について、肩上げをつまんで離れずにいた。祖母や女中が目を離すと、コチョコチョと人ごみにまぎれ込んで、屋台のものをつまむので、そのたびにお其はハラハラしたのだろう大きな声で祖母をよんだ。祖母はニコニコして後からお鳥目《ちょもく》を払って歩いて来た。
 お其のうちは八百屋をやめて焼芋屋になった。店の大半、表へまで芋俵が積まれ、親父《おやじ》さんは三つ並べた四斗樽のあきで、ゴロゴロゴロゴロ、泥水の中の薩摩芋《さつまいも》を棒で掻廻《かきま》わした。大きな、素張《すば》らしく美事な焼芋で、質のよい品を売ったので大|繁昌《はんじょう》だった。三ツの大釜《おおがま》が間に合わないといった。近所が大店ばかりのところへ、遠くからまで買いにくるので、いつも人だかりがしていた。一軒のお茶受けにも、店の権助《ごんすけ》さんが、籠《かご》をもって来たり、大岡持ちをもってくるので、一釜位では一人の注文にも間にあわなかった。忙しい忙しいとお其はいって、鼻の横を黒くしていた。で私の遊び合手《あいて》は、私《あたし》をも釜前《かままえ》につれていった。冬などは、藁《わら》の上にすわって、遠火《とおび》に暖められていると非常に御機嫌になって、芋屋の子になってしまいたかった。だが、困ったことに家の構造が、角の土蔵なので、煙のはけばに弱らされていた。住居にしている二階の
前へ 次へ
全5ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング