だ。
 ――姉《ねえ》さんたちも、お母さんも、楽々と暮しているようだ――
 それで好《い》いのだ、わたしに後の心配はすこしもない。とお雪は叫びたかった。四万円の身《み》の代金《しろきん》で姉さんは加藤楼の女将《おかみ》になっている。百五十円の月手当は老母《としより》の小遣いには、多いからとて少なくはない。
 お雪は、ミモザの花と日光の黄金の光りのなかに、蜂《はち》のように身軽にベンチから跳ねおきて、
「さあ、もう、あたしは明るくなった。」
と、しっとりと濡《ぬ》れた心を、振りゆすって言った。
「カジノへ行って見ましょうか、あたしでも賭《かけ》に勝つかしら。」
「いいえ、僕は、こんな快《こころよ》い気持ちのときに、君の胡弓《こきゅう》が聴きたいのだ。どうぞ、弾《ひ》いてください、梨《なし》の花のお雪さん。」
「それも好いでござんしょうね。」
 お雪はさからわなかった。四万円のモルガンお雪と唄われたローマンスは、胡弓の絃《いと》のむせびが、縁のはじまりでもあったから、モルガンも今、自分とおんなじような思出にひたっていたのだなと、
「室《へや》へ帰って弾きましょうか、此処へ持って来ましょうか
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