金魚の目玉のやうに、灸のあとのフクレたのを見て悲しみあつた。ホテつて痛むこともあつた。ことにあたしはそれがひどかつた。兩方の人差指の根《ね》もと、足の中指の根もと、おへそ[#「おへそ」に傍点]の兩ワキのは動くので燒けあとが大きかつた。背中は八ツ目鰻の目《め》のやうだといはれた。
父はよく悲《かな》しがつて女の人たちに言つてゐた。
「肩《かた》だけへはすゑてくれるな。洋服を着たときに困る」
それ、また、洋服なんて――お父さんが惡いと叱られてゐた。
×
震災のとしであつた。あたしの體はグツと惡く、心も身もクタクタだつた。ある雜誌社の方から親切にお灸をすすめられた。それは肩である。手の甲の眞ん中である。あたしは吐息をついた。父の悲《かな》しがつた言葉を思ひだしたから。
しかし、灸點師は火をクツツケてしまつた。その後《のち》、小さい女中がすゑてくれることになつたが、十六の小娘のすゑるお灸がバカに熱くてこらへられなかつた。ジリジリと焦げる樣子がをかしいので氣をつけると、それはわざとぢかに火をあててゐるのだつた。お灸をつけておくれといふと大きく丸めて火をつけて、わざと背中を轉《ころ》がす――がまんしてゐると、ますます大きくして熱《あつ》がるかと樣子を見てゐる。
あたしは熱がりながら十一二で、おとなしくして、羽箒《はばうき》をもつて、どんなにしたら具合よくゆくかと、細かく神經《しんけい》をつかつて祖母の背中にむかつてゐた自分の姿を思ひ出してゐた。そして自分の後《うしろ》に心《こゝろ》で笑つてゐる娘《むすめ》を見てゐた。その娘は非常に醜《みにく》くて青い鼻《はな》汁をグスグスいはせてゐるが、××樣があたしをくどくのなんのと書いた紙《かみ》を捨ておいて、いつもあたしを困らせてゐるのだつた。氣をつけて――と頼《たの》むよりは、他《ひと》の手をかりなければならないことで、しかも亡父があれほど氣にしてくれた肩《かた》なのだから、お灸の養生法はそれきりで中止してしまつた。
×
大きな灸《やいと》を心にすゑて苦しむ――それは別の心ゆかせもあらうが、さういふ意味でなく、自分を叱るお灸も心にすゑなければならない。折々思ひだされるのは、もぐさ[#「もぐさ」に傍点]の匂ひと、むかしあたしの膝《ひざ》の前にすわつた祖母と、ついこの間、後から腰へ膝を押しつけたあ
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