御祝酒の※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りて女子供《おなこども》にざれかゝり大聲立て、ばあやにゝらまれこそ/\と出行跡《いでゆきしあと》、ばあやも跡の事心附て自慢のかね黒/\と大奧樣が形見《かたみ》の鼠小紋三紋附着ておよろこびやら、皆々の御禮も兼て。
 さ今の内お風呂《ふろ》にでもおは入《いり》なさつて少し御庭でも御覽なさいまし、おやすみ遊ばしての内私が御附申て升柄《ますから》と、看護婦に替《かはり》しは兼《かね》とよびて年も同十七の氣に入、差よつてほつれ毛をかきあぐればほろ/\と涙《なみだ》白枕《しろきまくら》に毛布に、お孃樣御察申升かねは口惜て/\彼方の奧樣に喰附てやりとう御座升《ございます》、ばあやさんもばあやさんだ貴女の敵におよろこびにゆくなむて、義理だつても私口惜貴女/\はなぜ、御教《おをしへ》申《もうし》たやうに御父樣や御兄樣におつしやらなかつたので御座升よお孃樣、唯心で涙をこぼしていらつしやる柄猶御病氣も重り升わと、主人ながら友達《ともだち》共思ふ仲よしのかうは言《いつ》た物の、言過て病にさわりはせぬかと今更冷汗色をかえての心配顏、嬉敷《うれしい》に附我身のかひ無《なさ》は堪兼《たえかね》て夜着に顏差入て忍なき、兼が進る藥に息をついて兼やもう御言《おいゝ》で無よ、此樣な病になつた爲父樣と姉樣の御仲も丸く美敷《うつくしく》すんだのは、家の爲によろこんでいるは私、靜夫樣は肺病だからとて死と定《きま》つているではなしと、言はつて下すつた物の先樣でもお一人子御兩親の御不服《ごふふく》なのは、あたり前だわね、ちいつともうらむ事は無ねえ兼、よし折枝《をりえ》さんがゆかぬにした所がどうでよそからおもらひ遊ばすのだ物、御姉樣の御望《おのぞみ》をかなへた方がねそうであらふだが今朝も父樣が悲想《かなしそふ》なお顏を遊ばして、私しや自分の慾はあきらめているがせつ角父樣もゆるして下すつて、だが父樣はどうして靜夫樣と御知りなすつたのだろふ、兼《かね》知《しつ》て居て、知ている所か私柄と、いやまて思は思を生《うん》で心經の高ぶつて居今、先《まづ》何事も胸にと、ほんに承はれば兼がわるう御座升だが孃樣御結婚はなさらず共御心に替り無《なく》ば、お嬉しう御座ませう靜夫樣も決て貴女をおわすれは、これ覺《おぼえ》がお有でせうと取出す手箱の内|香《にほ》わせし白ばら一輪、中に深《み》雪つもる夜の明星かとばかり紫匂ふダイヤモンド、此|指輪《ゆびわ》は彼人の手に日頃光しそれよ白ばらは二人が紀念《きねん》の、さゝやきし其時の息やこもるなつかしやとばかりつく息も苦氣《くるしげ》なり。
 兼《かね》が涙ながら來し頃は早暮て、七間間口に並びしてふちん門《もん》並の附合《つきあひ》も廣く、此處一町はやみの夜ならず金屏《きんびやう》の松盛ふる色を示前に支配人の立《たち》つ居つ、何の奧樣一の忠義振かと腹は立どさすが襟《えり》かき合せ店に奧に二度三度心ならずもよろこび述て扨孃樣よりと、包《つゝみ》ほどけば、父親の好《このみ》戀人の意匠、おもとの實《み》七づゝ四分と五分の無疵《むきず》の珊瑚、ゑりにゑりし花笄《はなかうがい》、今宵の縁女となる可、兄より祝物、それを贈《おくる》心《こゝろ》はと父親も主もばあやも顏見合すれば兼《かね》は堪かねて涙はら/\こぼしつゝ外にも一品|花嫁《はなよめ》には幸に見られねど盃受く靜夫はわな/\と、打ふるひぬ、つき上る苦敷《くるしき》思《おもひ》も涙も共に唯一息眼つぶりてのみ込ば、又盃は嫁に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りぬきらりと取手《とりて》に光物靜夫が目に入し時、花笄の片々する/\とぬけて、かた袖仲人が取つくろふひまも無、盃臺のわきにみぢんとなりておもとの實は、ころ/\と靜夫《しづを》が袴の前にころがりぬ。
 祝儀《しうぎ》すむやそこ/\定紋の車幾臺大川端の家にとむかへり、あわれ病人《やむひと》やあつしくなりにしがあたゝかき息こもるうばらの園《その》うやさまよう、細き息の通ふばかりとや、にぎしき家の外にも淋敷《さびしき》こゝの庭木にも夜一夜《よひとよ》木枯の吹あれて、あくるあしたよりあわれ父翁の面痩《おもやせ》目《め》にたちぬ。

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「うづみ火」のこと
 陸中國釜石鑛山内水橋康子として懸賞に應募し、明治四十三年十一月號の『女學世界第一卷第十五號定期増刊「磯ちどり」才媛詞藻冬の卷・小説』の初頭に掲載され特賞(賞金十圓)を得、又主幹松原二十三階堂(岩五郎)氏に激勵鞭撻の書簡を送らる。當時病後靜養に釜石鑛山所長横山氏家に遊行中の事なり。二十三歳の秋、處女作。未だ「しぐれ女」のペンネームを使用せず。
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底本:「時代の娘」興亞日本社
   1941(昭和16)年10月22日発行
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