と余り変らないが、夜が冷える。
(稲垣浩 宛)
(三)[#「(三)」は縦中横] (村長、村会を開き村民どもを集めよ)雨が滅多に降らないから空が澄み渡ッて綺麗である。朝、雁の渡るのを見る。お行儀よく並んで飛ンで行った。
名将八幡太郎といえども枕を高くしてよい風景である。そこで我勇敢なる大原隊は来るべき
(八尋不二 宛)
(四)[#「(四)」は縦中横] 戦に備えて日毎演習を行ッている。
ボクも専ら童心にかえッて戦争ごッこに精を出している。米が少ないので毎日芋を喰わされる。三度々々芋である。兵隊はしきりにクサイ大砲を放ツ。
酒は昨日一人四勺ほど(つまり寝てる子
(三村伸太郎 宛)
(五)[#「(五)」は縦中横] を起こすほど)貰った。
露村を後退して又石家荘から汽車で運ばれる事になッた。上海行だとも言うし又青島と言う噂もあるかと思うと確かに北満じゃとぬかす奴もある。丁と出ますか半と出ますかおあとはライシュウ。
(滝沢英輔 宛)
うだる暑さに閉口。
其の後○○の野戦病院に来ている。熱は平熱となったが腹工合は依然悪く、まだ血便が少し出る。トタンに汚ない話で失礼。
兎に角元気で頑張ってる。此の手紙がそちらへ着く頃には、多分退院して本隊を追ッ掛けてる筈。心配無用。
本隊は最近移動する。南京から○○方面へ廻るから先ず年中は帰れんだろうと云う噂。
建坊、キバッテ、エヽ写真、ツクッテヤ。
戦争も一年になると、どうやら本当の戦争らしくなって来たようだ。戦争の感想なぞは、たいそれた[#「たいそれた」に傍点]……矢ッ張り戦争が済んで一年ぐらい経過してからで無いと言えるもンで無いと云う事を泌々思う。
北支宣撫班のはなし[#「はなし」に傍点]を考えていたけれど、脚本の書ける自信が無くなって終った。
爆撃でヒビ[#「ヒビ」に傍点]のイツ[#「イツ」に傍点]た病室の天井を睨み乍ら寝苦しい夜つれ/″\に考えた事、酒の席で武山オジサンにでも談して見て呉れ。
三好氏の「襲われた町」? おもろいのなら儂に残して置いてほしい。
「斬られの仙太」を大河内が演りたがッとッたが、三好氏さえよければやッてみたい。(大詰はこちらに案あり)
時節柄大河内で西郷さんか、乃木さんの一代記八千ぐらいにまとめてやればどうやろか。
また、演舞場で虎ちゃんが「太十」をやッたと云う新聞記事を見て、ふと前進座で光秀をやりたいとも思う。いッそエノケンの孫悟空と逃げて満州辺へロケに来てやろうかとも考えたり、とりとめが無い。
次に食いたい物いろ/\と書く。
わさび漬。味の素。うに。うなぎの蒲焼(鑵詰)ライスカレー(同上)あずきようかん(同)栗のきんとん(同)ほーじ茶、ココア、角砂糖(斯うたくさんは食えんわい)小包は厳重にして置いて呉れ。
くだらん事、いろ/\と書いた。退院までにまた書くつもり。
それから去る四月一日付をもって山中伍長は軍曹に進級しとるからそのつもりで。
諸兄によろしく
八月九日
建坊大兄
底本:「山中貞雄作品集 全一巻」実業之日本社
1998(平成10)年10月28日初版発行
初出:「中央公論」
1938(昭和13)年12月号
※底本の註は、初出時に付されたものと思われますが、筆者を確認できなかったので入力しませんでした。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:野村裕介
校正:伊藤時也
2000年2月18日公開
2003年10月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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