、此処に年あり。
 今や征露の大命を拝し、報恩の機正に至れるを喜び、昨十四日一同勇躍して常陸丸に投ず。而るに今朝来、濃霧四辺を閉ざしシセキを弁じ難き趣きありしが、正午前、玄海洋上に望みし時忽ち右舷に当り大艦影を認む。
 偵察すればロシヤ、グロンボイ、リュウリックの三巡洋艦にして此の時既に我が友船泉丸は撃破せられ左渡又同じ運命に陥入らんとしつつあり」
 突然に機関銃の音、
 一同はッとなる。
 静寂。
 やがて都々逸を歌い出す。
 歌の終った処で
 原野走ル汽車。
 銃声と汽笛。(F・O)

 「おい親友、鉄カブトかぶれよ、危ねえぞ」
 「何言ってやんでえ
 可笑しくッて鉄カブトが冠れますかッてンだ」
 「鉄砲の弾丸は頭ばかり当たるッて訳のもんでもあるめえ、手に当る事もありゃ足にも当らア鉄のテッ甲脚絆でもはめてきアがれ」

○帽子の中へ写真を入れて置く兵隊。
○鉢巻をしたがる兵隊。
 坊主の二十の入墨してる。

 「おや、帽子が変ッてるぞ、Aの奴だな」
 「班長殿、A居ませんが、あの野郎、自分の帽子を間違えて、あ、それ」
 「写真をもう一枚、送って貰うんだな」
 煙草出す。呑まない。
 たん架ではこばれて行くA。

 「空には今日もアドバルンと来やがらア」
 装甲自動車の列。
 行軍する歩兵。
 三分早い
 三分ぐらい
 三分あれば師団の編成が出来る。

 「おい戦友、煙草一本呉れ」
 他の部隊の兵隊と逢うといつも斯う云う。

 彼奴は、煙いのなれとるよ
 養子じゃもの

 「北支の花と散ッた勇士の家庭訪問
 ○○○○氏厳父○左衛門、暗然として語る」
 「よせやい」
 「許婚○○さん、けなげにも語る」
 「馬鹿よさねえか」
 「あの人は……」
 班長○○伍長又語る
 「彼は……」
 此の頃、現地より特電

○壁の戯書
 チャカ、チャカで
  手まね、口まね
   チャン料理

 散兵が歩く
   チャブチャブと水筒の水の音
   伏線として
   水筒を振ッて水を呑む

 石家荘と書いたガス灯割れている。

○軍宣撫班の話
 五色国旗を見せて、これは君たちの国の国旗か、然り
 青天白日旗でワナイカ、違う
 蒋の悪政を云ッて……
 日本の軍隊ヲ恐れてはいけない
 逃げる必要はない
 家に居なさい
 田畑を耕していた人は
 その儘、仕事を続けなさい
 宣撫班が部落民を集め
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