よらず人格以外の差別によって相互間に区別を付けて一方には侮《あなど》り、一方は怒り、一方は威張り一方はヒガみ、一方は我儘《わがまま》勝手の振舞《ふるまい》あれば一方は卑屈に縮むようでは政治の上にデモクラシーを主張してもこれ単に主張に終りて実益が甚だ少なかろう、トいって僕は然《しか》らば政治は圧制を旨《むね》としても思想的のデモクラシーを主張すれば足れりとは信じない。政治的の平等と自由を主張する事は思想の上にデモクラシーを実現する助《たすけ》ともなることなれば、政治的民本主義も鼓吹すべきであるけれども物の順序より言えば一般人民の腹の中《うち》に平民道の大本を養ってその出現が政治上に及ぶというのこそ順序であろう。
米国がデモクラシーの国というのは共和政治なるが故ではない、彼らがまだ独立をしない即ち英国王の司配の下《もと》に植民地として社会を構成した時に社会階級や官尊民卑や男尊女卑の如き人格以外の差違を軽んじ[#「人格以外の差違を軽んじ」に白丸傍点]、また職業によりて上下の区別をなしたり[#「また職業によりて上下の区別をなしたり」に白丸傍点]、家柄[#「家柄」に白丸傍点]、教育を以て人の位附を定める如き事なく[#「教育を以て人の位附を定める如き事なく」に白丸傍点]、人皆平等[#「人皆平等」に白丸傍点]、随って相互に人格を認め[#「随って相互に人格を認め」に白丸傍点]、相互の説を尊重する習慣があったれば[#「相互の説を尊重する習慣があったれば」に白丸傍点]、今日米国のデモクラシーが淵源深く基礎が堅いと称するのである[#「今日米国のデモクラシーが淵源深く基礎が堅いと称するのである」に白丸傍点]。
[#地から1字上げ]〔一九一九年五月一日『実業之日本』二二巻一〇号〕
底本:「新渡戸稲造論集」岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年5月16日第1刷発行
底本の親本:「実業之日本 二二巻一〇号」実業之日本社
1919(大正8)年5月1日
初出:「実業之日本 二二巻一〇号」実業之日本社
1919(大正8)年5月1日
入力:田中哲郎
校正:ゆうき
2010年3月25日作成
2010年6月14日修正
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