友も庵に集って、後事の営みにかかったのだが、子規氏の遺志では余りに諸方へ報知する事などは月並として厭うだろうというので、新聞の広告は勿論その他にも広く報知をせなかった。そうして、埋葬地はどこらがよかろうかと、詮鑿したが、普通の寺院の墓地よりも律院の墓地が清潔で、子供の襁褓《むつき》を干す梵妻も居まいからというので、終に田端の大龍寺を卜した。これは私と碧梧桐氏がまず行って、見分したのであった。それから埋葬の日は余り世間へ知らせなかったにもかかわらず、葬会者はなかなか多く葬列も長く引続いて、この人だけの名誉ある終りを飾った。その後墓石の文字は陸羯南氏が書いた。この羯南氏は隣家に住んでいたが、永年特に懇情を尽して万事に注意するし、日本新聞関係としても、病苦で筆を執らなくなったにかかわらず、以前の如く報酬等を交附して、前後共に非常の好誼を寄せられたことである。
 子規氏の死んだのは三十六歳であったが、俳句その他の事業は病気に罹って後の仕事で、即ち病苦中の産物である。そうしてその見識や文才や刻苦勉励の事実は多くの人の尊敬を得て、誰れからも侮蔑や悪言を受けなかった。尤も陰では異説を唱える者もあったろうが、正面では氏を攻撃する者はまずなかったように思われる。しかるに高知の人で、若尾瀾水氏というが、最初は子規氏の句会にも出て我々も知っていたのだが法科大学を卒業した頃であろう、但馬で発行した、某俳誌上に長文を載せて子規氏を散々に罵った。これは何時か子規氏を訪ねた際、氏の態度が倨傲であったという事が原《もと》であって、かような事に及んだのらしい。しかし瀾水氏も正直な人間で、その後岡野知十氏に対しても、最初門前払いを喰ったという怒りから、或る雑誌で散々攻撃したが、一度知十氏に歓迎されたので、忽ち角を折って、反対に賞讃する事にせなった。しかるに惜いかな、子規氏は生前に氏と握手して旧交を復さずにしまった事である。爾来瀾水氏は久しく俳句をやめていたかと思うが、最近郷地の高知で「海月」という雑誌を発行する事になって、もともと正直を知っている寒川鼠骨氏も何か寄与する所があり、また私も輪番の俳句選者を担当する事になっている。
 子規氏の病苦が甚だしくなっては、日本新聞の俳句欄に関しても怠り勝ちとなったので、代理として赤木格堂氏に選句をさせた。そこで子規氏の晩年は両腕であった、碧、虚二氏よりもこの格堂氏に意を嘱する事が深いのだと思わしめたが、格堂氏は反ってそれを迷惑に思い、自分は俳人として起つのは志でないといって、間もなく日本新聞の選者を断り、その後は碧梧桐氏が選者となって数年継続していたが、陸羯南氏が日本新聞を他の人に譲る事になって、暫くは現状のままで居たけれど、羯南氏に代って主筆となった三宅|雪嶺《せつれい》氏やその他の人々は、或る事件から袂を連ねて、日本新聞社を退くこととなった。この時碧梧桐氏も退社して、終に現今の「日本及日本人」の俳句欄を受持つ事になった。尤もこの雑誌はその以前の日本人時代から私も俳句欄を担当していたのだから、改称して大雑誌となると共に、俳句欄は、私と碧梧桐氏と二人で各《おのおの》別に担当する事になって、保守主義欄と、新傾向欄とのあることは誰れも知る通りである。それから日本新聞の方の俳句欄は角田竹冷氏が担当する事になっていたが、同新聞は段々と昔の如く盛んならず、また竹冷氏も彼の世の人となってしまった。
 そこでわれわれの俳句はどうかというに、子規氏の生前こそ、われわれ仲間も、大体の句風は統一されていて、一時碧、虚両氏が唱えた変調は間もなく跡を絶ったのであったが、段々と年を経るに随って、四方太氏の如きは全く俳句をやめるし、虚子氏は、写生的の文章専門となって、ホトトギスこそ経営すれ、俳句は全く擲つ事になった。それから碧梧桐氏は別に新傾向の句風を起す事になって、これに属する者に荻原井泉水《おぎわらせいせんすい》氏、大須賀乙字《おおすがおつじ》氏などが出るし、また西京大阪辺でも、大谷句仏《おおたにくぶつ》氏、水落露石氏等が響応し、なお碧梧桐氏が全国を巡遊するに至って、到る所にこの傾向を普及せしめた。その後一離一合して更に、新傾向派中にも別に一旗幟を樹《たて》る者があり、また殆ど旧調に復したものもあるに至った。これらの事は、私が別に申し述べるにも及ぶまい。それから、虚子氏も再び俳句を作って今日の如く盛んに後進を率いる事にもなって「ホトトギス」は相替らず元祖俳誌となっている、また氏の関係していた国民新聞の俳句欄は一時|松根東洋城《まつねとうようじょう》氏の担当になったが、この頃は虚子氏の担当に復している。
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   二十

 余りに子規を中心とした、俳句の話ばかりになっていたから、これからは私の身の上について御話をする。私は人と違って旅
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