夢の追憶だった。
 こうした環境の事情からして、僕は益々人嫌いになり、非社交的な人物になってしまった。学校に居る時は、教室の一番隅に小さく隠れ、休養時間の時には、だれも見えない運動場の隅に、息を殺して隠れて居た。でも餓鬼大将の悪戯小僧は、必ず僕を見付け出して、皆と一緒に苛めるのだった。僕は早くから犯罪人の心理を知っていた。人目を忍び、露見を恐れ、絶えずびくびくとして逃げ回っている犯罪者の心理は、早く既に、子供の時の僕が経験して居た。その上僕は神経質であった。恐怖観念が非常に強く、何でもないことがひどく怖かった。幼年時代には、壁に映る時計や箒の影を見てさえ引きつけるほどに恐ろしかった。家人はそれを面白がり、僕によく悪戯してからかった。或る時、女中が杓文字の影を壁に映した。僕はそれを見て卒倒し、二日間も発熱して臥てしまった。幼年時代はすべての世界が恐ろしく、魑魅妖怪に満たされて居た。
 青年時代になってからも、色々恐ろしい幻覚に悩まされた。特に強迫観念が烈しかった。門を出る時、いつも左の足からでないと踏み出さなかった。四ツ角を曲る時は、いつも三遍宛ぐるぐる回った。そんな馬鹿馬鹿しい詰らぬこ
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