物の表象を見るのであらうか。性慾の芽生えもなく、人生に就いて何の經驗もない彼等は、おそらくその夢の中で、過去に何萬代の先祖から遺傳されたところの、人類の純粹記憶を表象してゐるのであらう。夢に魘えて夜泣きをする幼兒の聲ほど、生命の或る神祕的な恐怖と戰慄とを、哀切に氣味わるく感じさせるものはない。たしかに彼等の幼兒は、夢の中で魑魅魍魎に取り圍まれ、人類の遠い先祖が經驗した、言説しがたく恐ろしいこと、危險なことを體驗し、生命の脅かされたスリルを味はつてゐるのである。夢を性慾の表象とし、それによつて夢判斷をするフロイド流の心理學者は、すくなくともその同じ原理によつて、赤兒の夢を判斷し得ない。夢の起源は、彼等の學者が思惟するよりは、もつとミステリアスな詩人の表象と關聯してゐる。



底本:「日本の名随筆14 夢」作品社
   1984(昭和59)年1月25日第1刷発行
   1986(昭和61)年3月10日第4刷発行
底本の親本:「萩原朔太郎全集 第五巻」筑摩書房
   1976(昭和51)年1月
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2006年9月21日作成
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