獄裏の林」の一篇を除く外、すべて既刊の集に發表した舊作である。此所にそれを再録したのは、詩のスタイルを同一にし、且つ内容に於ても、本書の詩篇と一脈の通ずる精神があるからである。換言すればこの詩集は、或る意味に於て「郷土望景詩」の續篇であるかも知れない。著者は東京に住んで居ながら、故郷上州の平野の空を、いつも心の上に感じ、烈しく詩情を敍べるのである。それ故にこそ、すべての詩篇は「朗吟」であり、朗吟の情感で歌はれて居る。讀者は聲に出して讀むべきであり、決して默讀すべきではない。これは「歌ふための詩《うた》」なのである。
昭和九年二月[#地から3字上げ]著者
[#改ページ]
我が心また新しく泣かんとす
冬日暮れぬ思ひ起せや岩に牡蠣
[#改ページ]
漂泊者の歌
日は斷崖の上に登り
憂ひは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空の彼方
續ける鐵路の棚の背後《うしろ》に
一つの寂しき影は漂ふ。
ああ汝 漂泊者!
過去より來りて未來を過ぎ
久遠の郷愁を追ひ行くもの。
いかなれば蹌爾として
時計の如くに憂ひ歩むぞ。
石もて蛇を殺すごとく
一つの輪※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]を斷絶して
意志なき寂寥を蹈み切れかし。
ああ 惡魔よりも孤獨にして
汝は氷霜の冬に耐へたるかな!
かつて何物をも信ずることなく
汝の信ずるところに憤怒を知れり。
かつて欲情の否定を知らず
汝の欲情するものを彈劾せり。
いかなればまた愁ひ疲れて
やさしく抱かれ接吻《きす》する者の家に歸らん。
かつて何物をも汝は愛せず
何物もまたかつて汝を愛せざるべし。
ああ汝 寂寥の人
悲しき落日の坂を登りて
意志なき斷崖を漂泊《さまよ》ひ行けど
いづこに家郷はあらざるべし。
汝の家郷は有らざるべし!
遊園地《るなぱあく》にて
遊園地《るなぱあく》の午後なりき
樂隊は空に轟き
※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]轉木馬の目まぐるしく
艶めく紅《べに》のごむ風船
群集の上を飛び行けり。
今日の日曜を此所に來りて
われら模擬飛行機の座席に乘れど
側へに思惟するものは寂しきなり。
なになれば君が瞳孔《ひとみ》に
やさしき憂愁をたたへ給ふか。
座席に肩を寄りそひて
接吻《きす》するみ手を借したまへや。
見よこの飛翔する空の向うに
一つの地平は高く揚り また傾き 低く沈み行かんとす。
暮
前へ
次へ
全10ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング