り來りて園内の木立を行けば
枯葉みな地に落ち
猛獸は檻の中に憂ひ眠れり。
彼等みな忍從して
人の投げあたへる肉を食らひ
本能の蒼き瞳孔《ひとみ》に
鐵鎖のつながれたる惱みをたへたり。
暗鬱なる日かな!
わがこの園内に來れることは
彼等の動物を見るに非ず
われは心の檻に閉ぢられたる
飢餓の苦しみを忍び怒れり。
百たびも牙を鳴らして
われの欲情するものを噛みつきつつ
さびしき復讐を戰ひしかな!
いま秋の日は暮れ行かむとし
風は人氣なき小徑に散らばひ吹けど
ああ我れは尚鳥の如く
無限の寂寥をも飛ばざるべし。
中學の校庭
われの中學にありたる日は
艶めく情熱になやみたり。
怒りて書物を投げすて
ひとり校庭の草に寢ころび居しが
なにものの哀傷ぞ
はるかに彼《か》の青きを飛び去り
天日直射して 熱く帽子の庇《ひさし》に照りぬ。
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――郷土望景詩――
[#ここで字下げ終わり]
國定忠治の墓
わがこの村に來りし時
上州の蠶すでに終りて
農家みな冬の閾《しきみ》を閉したり。
太陽は埃に暗く
悽而《せいじ》たる竹藪の影
人生の貧しき慘苦を感ずるなり。
見よ 此處に無用の石
路傍の笹の風に吹かれて
無頼《ぶらい》の眠りたる墓は立てり。
ああ我れ故郷に低徊して
此所に思へることは寂しきかな。
久遠に輪※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]を斷絶するも
ああかの荒寥たる平野の中
日月我れを投げうつて去り
意志するものを亡び盡せり。
いかんぞ殘生を新たにするも
冬の蕭條たる墓石の下に
汝はその認識をも無用とせむ。
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――上州國定村にて――
[#ここで字下げ終わり]
廣瀬川
廣瀬川白く流れたり
時されば皆幻想は消え行かむ。
われの生涯《らいふ》を釣らんとして
過去の日川邊に糸をたれしが
ああかの幸福は遠きにすぎさり
小《ちひ》さき魚は瞳《め》にもとまらず。
[#ここから12字下げ]
――郷土望景詩――
[#ここで字下げ終わり]
虎
虎なり
曠茫として巨像の如く
百貨店上屋階の檻に眠れど
汝はもと機械に非ず
牙齒もて肉を食ひ裂くとも
いかんぞ人間の物理を知らむ。
見よ 穹窿に煤煙ながれ
工場區街の屋根屋根より
悲しき汽笛は響き渡る。
虎なり
虎なり
午後なり
廣告風船《ばるうむ》は高く揚りて
薄暮に迫る都會の空
高
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