ちょう》から、胎内めぐりのような路《みち》を通って、繁華な大通《おおどおり》の中央へ出た。そこで目に映じた市街の印象は、非常に特殊な珍しいものであった。すべての軒並《のきなみ》の商店や建築物は、美術的に変った風情《ふぜい》で意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた。しかもそれは意識的にしたのでなく、偶然の結果からして、年代の錆《さび》がついて出来てるのだった。それは古雅で奥床《おくゆか》しく、町の古い過去の歴史と、住民の長い記憶を物語っていた。町幅は概して狭く、大通でさえも、漸く二、三|間《げん》位であった。その他の小路は、軒と軒との間にはさまれていて、狭く入混《いりこ》んだ路地《ろじ》になってた。それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道《トンネル》になった路をくぐったりした。南国の町のように、所々に茂った花樹が生《は》え、その附近には井戸があった。至るところに日影が深く、町全体が青樹の蔭のようにしっとりしていた。娼家《しょうか》らしい家が並んで、中庭のある奥の方から、閑雅な音楽の音が聴《きこ》えて来た。
大通の街路の方には、硝子窓のある洋風の家が多かった。理髪店の軒先には、紅白の丸い棒が突き出してあり、ペンキの看板に Barbershop と書いてあった。旅館もあるし、洗濯屋《せんたくや》もあった。町の四辻に写真屋があり、その気象台のような硝子の家屋に、秋の日の青空が侘《わび》しげに映っていた。時計屋の店先には、眼鏡をかけた主人が坐って、黙って熱心に仕事をしていた。
街《まち》は人出で賑やかに雑鬧《ざっとう》していた。そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひっそりと静まりかえって、深い眠りのような影を曳《ひ》いてた。それは歩行する人以外に、物音のする車馬の類が、一つも通行しないためであった。だがそればかりでなく、群集そのものがまた静かであった。男も女も、皆上品で慎み深く、典雅でおっとりとした様子をしていた。特に女性は美しく、淑《しと》やかな上にコケチッシュであった。店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、皆が行儀よく、諧調《かいちょう》のとれた低い静かな声で話をしていた。それらの話や会話は、耳の聴覚で聞くよりは、何かの或る柔らかい触覚で、手触《てざわ》りに意味を探るというような趣きだっ
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