らがつてゐる。
なんといふ傷ましい風物だらう!
どこにも首《くび》のながい花が咲いて
それがゆらゆらと動いてゐる。
考へることもない かうして暮れ方《がた》がちかづくのだらう。
戀や孤獨やの一生から
はりあひのない心像も消えてしまつて ほのかに幽靈のやうに見えるばかりだ。
どこを風見の鷄《とり》が見てゐるのか
冬の日のごろごろと※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]る瘠地の丘で もろこしの葉つぱが吹かれてゐる。
厭やらしい景物
雨のふる間
眺めは白ぼけて
建物 建物 びたびたにぬれ
さみしい荒廢した田舍をみる。
そこに感情をくさらして
かれらは馬のやうにくらしてゐた。
私は家の壁をめぐり
家の壁に生える苔をみた
かれらの食物は非常にわるく
精神さへも梅雨《つゆ》じみて居る。
雨のながくふる間
私は退屈な田舍にゐて
退屈な自然に漂泊してゐる
薄ちやけた幽靈のやうな影をみた。
私は貧乏を見たのです
このびたびたする雨氣の中に
ずつくり濡れたる 孤獨の 非常に厭やらしいものを見たのです。
さびしい來歴
むくむくと肥えふとつて
白くくびれてるふしぎな球形《まり》の幻像《いめいぢ》よ。
それは耳もない 顏もない つるつるとして空にのぼる野蔦のやうだ
夏雲よ なんたるとりとめのない寂しさだらう!
どこにこれといふ信仰もなく たよりに思ふ戀人もありはしない。
わたしは駱駝のやうによろめきながら
椰子の實の日にやけた核を噛みくだいた。
ああ こんな乞食みたいな生活から
もうなにもかもなくしてしまつた。
たうとう風の死んでる野道へきて
もろこしの葉うらにからびてしまつた。
なんといふさびしい自分の來歴だらう。
沿海地方
馬や駱駝のあちこちする
光線のわびしい沿海地方にまぎれてきた。
交易をする市場はないし
どこで毛布《けつと》を賣りつけることもできはしない。
店鋪もなく
さびしい天幕《てんまく》が砂地の上にならんでゐる。
どうしてこんな時刻を通行しよう!
土人のおそろしい兇器のやうに
いろいろな呪文がそこらいつぱい[#「いつぱい」に傍点]にかかつてしまつた
景色はもうろうとして暗くなるし
へんてこなる砂風《すなかぜ》がぐるぐるとうづをまいてる。
どこにぶらさげた招牌《かんばん》があるではなし
交易をしてどうなるといふあてもありはしない。
いつそぐだらくにつかれきつて
白砂の上にながながとあふむきに倒れてゐよう。
さうして色の黒い娘たちと
あてもない情熱の戀でもさがしに行かう。
大砲を撃つ
わたしはびらびらした外套をきて
草むらの中から大砲を曳きだしてゐる。
なにを撃たうといふでもない
わたしのはらわた[#「はらわた」に傍点]のなかに火藥をつめ
ひきがへるのやうにむつくり[#「むつくり」に傍点]とふくれてゐよう。
さうしてほら貝みたいな瞳《め》だまをひらき
まつ青な顏をして
かうばうたる海や陸地をながめてゐるのさ。
この邊の奴らにつきあひもなく
どうせろくでもない 貝肉の化物ぐらゐに見えるだらうよ。
のらくら息子のわたしの部屋には
春さきののどかな光もささず
陰鬱な寢床のなかにごろごろ[#「ごろごろ」に傍点]とねころんでゐる。
わたしを罵りわらふ世間のこゑこゑ
だれひとりきて慰さめてくれるものもなく
やさしい婦人《をんな》のうたごゑもきこえはしない。
それゆゑわたしの瞳《め》玉はますますひらいて
へんにとうめい[#「とうめい」に傍点]なる硝子玉になつてしまつた。
なにを喰べようといふでもない
妄想のはらわたに火藥をつめこみ
さびしい野原に古ぼけた大砲を曳きずりだして
どおぼん! どおぼん! とうつてゐようよ。
海豹
わたしは遠い田舍の方から
海豹《あざらし》のやうに來たものです。
わたしの國では麥が實り
田畑《たはた》がいちめんにつながつてゐる。
どこをほつつき歩いたところで
猫の子いつぴき居るのでない。
ひようひようといふ風にふかれて
野山で口笛を吹いてる私だ
なんたる哀せつの生活だらう。
※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》や楡《にれ》の木にも別れをつげ
それから毛布《けつと》に荷物をくるんで
わたしはぼんやりと出かけてきた。
うすく櫻の花の咲くころ
都會の白つぽい道路の上を
わたしの人力車が走つて行く。
さうしてパノラマ館の塔の上には
ぺんぺんとする小旗を掲げ
圓頂塔《どうむ》や煙突の屋根をこえて
さうめいに晴れた青空をみた。
ああ 人生はどこを向いても
いちめんに麥のながれるやうで
遠く田舍のさびしさがつづいてゐる。
どこにもこれといふ仕事がなく
つかれた無職者《むしよくもの》のひもじさから
きたない公園のベンチに坐つて
わたしは海豹《あざらし》のやうに嘆息した。
猫の
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