動を。
戀びとよ
お前はそこに坐つてゐる 私の寢臺のまくらべに
戀びとよ お前はそこに坐つてゐる。
お前のほつそりした頸すぢ
お前のながくのばした髮の毛
ねえ やさしい戀びとよ
私のみじめな運命をさすつておくれ
私はかなしむ
私は眺める
そこに苦しげなるひとつの感情
病みてひろがる風景の憂鬱を
ああ さめざめたる部屋の隅から つかれて床をさまよふ蠅の幽靈
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。
戀びとよ
私の部屋のまくらべに坐るをとめよ
お前はそこになにを見るのか
わたしについてなにを見るのか
この私のやつれたからだ 思想の過去に殘した影を見てゐるのか
戀びとよ
すえた菊のにほひを嗅ぐやうに
私は嗅ぐ お前のあやしい情熱を その青ざめた信仰を
よし二人からだをひとつにし
このあたたかみあるものの上にしも お前の白い手をあてて 手をあてて。
戀びとよ
この閑寂な室内の光線はうす紅く
そこにもまた力のない蠅のうたごゑ
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。
戀びとよ
わたしのいぢらしい心臟は お前の手や胸にかじかまる子供のやうだ
戀びとよ
戀びとよ。
寢臺を求む
どこに私たちの悲しい寢臺があるか
ふつくりとした寢臺の 白いふとんの中にうづくまる手足があるか
私たち男はいつも悲しい心でゐる
私たちは寢臺をもたない
けれどもすべての娘たちは寢臺をもつ
すべての娘たちは 猿に似たちひさな手足をもつ
さうして白い大きな寢臺の中で小鳥のやうにうづくまる
すべての娘たちは 寢臺の中でたのしげなすすりなきをする
ああ なんといふしあはせの奴らだ
この娘たちのやうに
私たちもあたたかい寢臺をもとめて
私たちもさめざめとすすりなきがしてみたい。
みよ すべての美しい寢臺の中で 娘たちの胸は互にやさしく抱きあふ
心と心と
手と手と
足と足と
からだとからだとを紐にてむすびつけよ
心と心と
手と手と
足と足と
からだとからだとを撫でることによりて慰めあへよ
このまつ白の寢臺の中では
なんといふ美しい娘たちの皮膚のよろこびだ
なんといふいぢらしい感情のためいきだ。
けれども私たち男の心はまづしく
いつも悲しみにみちて大きな人類の寢臺をもとめる
その寢臺はばね仕掛けでふつくりとしてあたたかい
まるで大雪の中にうづくまるやうに
人と人との心がひとつに解けあふ寢臺
かぎりなく美しい愛の寢臺
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