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 みじめな街燈

雨のひどくふつてる中で
道路の街燈はびしよびしよぬれ
やくざな建築は坂に傾斜し へしつぶされて歪んでゐる
はうはうぼうぼうとした烟霧の中を
あるひとの運命は白くさまよふ
そのひとは大外套に身をくるんで
まづしく みすぼらしい鳶《とんび》のやうだ
とある建築の窓に生えて
風雨にふるへる ずつくりぬれた青樹をながめる
その青樹の葉つぱがかれを手招き
かなしい雨の景色の中で
厭やらしく 靈魂《たましひ》のぞつとするものを感じさせた。
さうしてびしよびしよに濡れてしまつた。
影も からだも 生活も 悲哀でびしよびしよに濡れてしまつた。


 恐ろしい山

恐ろしい山の相貌《すがた》をみた
まつ暗な夜空にけむりを吹きあげてゐる
おほきな蜘蛛のやうな眼《め》である。
赤くちろちろと舌をだして
うみざりがに[#「うみざりがに」に傍点]のやうに平つくばつてる。
手足をひろくのばして麓いちめんに這ひ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた
さびしくおそろしい闇夜である
がうがうといふ風が草を吹いてる 遠くの空で吹いてる。
自然はひつそりと息をひそめ
しだいにふしぎな 大きな山のかたちが襲つてくる。
すぐ近いところにそびえ
怪異な相貌《すがた》が食はうとする。


 題のない歌

南洋の日にやけた裸か女のやうに
夏草の茂つてゐる波止場の向うへ ふしぎな赤錆びた汽船がはひつてきた
ふはふはとした雲が白くたちのぼつて
船員のすふ煙草のけむりがさびしがつてる。
わたしは鶉のやうに羽ばたきながら
さうして丈《たけ》の高い野茨の上を飛びまはつた
ああ 雲よ 船よ どこに彼女は航海の碇をすてたか
ふしぎな情熱になやみながら
わたしは沈默の墓地をたづねあるいた
それはこの草叢《くさむら》の風に吹かれてゐる
しづかに 錆びついた 戀愛鳥の木乃伊《みいら》であつた。


 艶めかしい墓場

風は柳を吹いてゐます
どこにこんな薄暗い墓地の景色があるのだらう。
なめくぢは垣根を這ひあがり
みはらしの方から生《なま》あつたかい潮みづがにほつてくる。
どうして貴女《あなた》はここに來たの
やさしい 青ざめた 草のやうにふしぎな影よ
貴女は貝でもない 雉でもない 猫でもない
さうしてさびしげなる亡靈よ
貴女のさまよふからだの影から
まづしい漁村
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