しなかつたらう。信仰の御利益は、もつと早く、すくなくとも彼が死なない前に、多少の安樂な生活を惠んだらう。
「乞食もまた神の恩惠を信ずるか!」
 さう言つて人人は哄笑した。しかしその貧しい男は、手を振つて答辯し、神のあらたかな[#「あらたかな」に傍点]御利益につき、熱心になつて實證した。例へば彼は、今日の一日の仕事を得るべく、天が雨を降らさぬやうに、時時その神に向つて祈願した。或はまた金十錢の飯を食ふべく、それだけの收入が有り得るやうに、彼の善き神に向つて哀願した。そしてまた、時に合宿所の割寢床で、彼が温き夜具の方へ、順番を好都合にしてもらへることを、密かにその神へ歎願した。そしてこれ等の祈願は、概ねの場合に於て、神の聽き入れるところとなつた。いつでも彼は、それの信仰のために惠まれて居り、神の御利益から幸福だつた。もちろんその貧しい男は、より以上に「全能なもの」を考へ得ず、想像することもなかつた。
 人生について知られるのは、全能の神が一人でなく、到るところにあることである。それらの多くの神神たちは、野道の寂しい辻のほとりや、田舍の小さな森の影や、景色の荒寥とした山の上や、或は裏街の入り
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