の缺陷による、さまざまの不幸な環境から。
けれども朝の日がさし、新しい風の吹いてくる時、ふたたび魚はその意志を囘復する。彼等は勇ましくなるであらう。ただ人間の非力でなく、自然の氣まぐれな氣流ばかりが、我我の自由意志に反對しつつ、あへて[#「あへて」に傍点◎]子供等の運命を占筮する。
記憶を捨てる
森からかへるとき、私は帽子をぬぎすてた。ああ、記憶。恐ろしく破れちぎつた記憶。みじめな、泥水の中に腐つた記憶。さびしい雨景の道にふるへる私の帽子。背後に捨てて行く。
情緒よ! 君は歸らざるか
書生は町に行き、工場の下を通り、機關車の鳴る響を聽いた。火夫の走り、車輪の※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、289−1]り、群鴉の喧號する巷の中で、はや一つの胡弓は荷造され、貨車に積まれ、さうして港の倉庫の方へ、税關の門をくぐつて行つた。
十月下旬。書生は飯を食はうとして、枯れた芝草の倉庫の影に、音樂の忍び居り、蟋蟀のやうに鳴くのを聽いた。
――情緒よ、君は歸らざるか。
港の雜貨店で
この鋏の槓力でも、女の錆びついた銅牌《メダル》が切れないのか。水夫よ!
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