も私の中に生れてゐない。意氣は銷沈し、情熱は涸れ、汗のやうな惡寒がきびわるく皮膚の上に流れてゐる。私は壓しつぶされ、稀薄になり、地下の底に滅入つてしまふのを感じてゐた。
ふと、ある賑やかな市街の裏通り、露店や飲食店のごてごてと竝んでゐる、日影のまづしい横町で、私は古風な球轉がしの屋臺を見つけた。
「よし! 私の力を試してみよう。」
つまらない賭けごとが、病氣のやうにからまつてきて、執拗に自分の心を苛らだたせた。幾度も幾度も、赤と白との球が轉がり、そして意地惡く穴の周圍をめぐつて逃げた。あらゆる機因《チヤンス》がからかひながら、私の意志の屆かぬ彼岸で、熱望のそれた標的に轉がり込んだ。
「何物もない! 何物もない!」
私は齒を食ひしばつて絶叫した。いかなればかくも我我は無力であるか。見よ! 意志は完全に否定されてる[#「意志は完全に否定されてる」に傍点◎]。それが感じられるほど、人生を勇氣する理由がどこにあるか?
たちまち、若若しく明るい聲が耳に聽えた。蓮葉な、はしやいだ、連れ立つた若い女たちが來たのである。笑ひながら戲れながら、無造作に彼女の一人が球を投げた。
「當り!」
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