ののめちかき汽車の窓より外《そと》をながむれば
ところもしらぬ山里に
さも白く咲きてゐたるをだまきの花。


 こころ

こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。


 女よ

うすくれなゐにくちびるはいろどられ
粉おしろいのにほひは襟脚に白くつめたし。
女よ
そのごむのごとき乳房をもて
あまりに強くわが胸を壓するなかれ
また魚のごときゆびさきもて
あまりに狡猾にわが背中をばくすぐるなかれ
女よ
ああそのかぐはしき吐息もて
あまりにちかくわが顏をみつむるなかれ
女よ
そのたはむれをやめよ
いつもかくするゆゑに
女よ 汝はかなし。


 櫻

櫻のしたに人あまたつどひ居ぬ
なにをして遊ぶならむ。
われも櫻の木の下に立ちてみたれども
わがこころはつめたくして
花びらの散りておつるにも涙こぼるるのみ。
いとほしや
いま春の日のまひるどき
あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。


 旅上

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。


 金魚

金魚のうろこは赤けれども
その目のいろのさびしさ。
さくらの花はさきてほころべども
かくばかり
なげきの淵《ふち》に身をなげすてたる我の悲しさ。


 靜物

靜物のこころは怒り
そのうはべは哀しむ
この器物《うつは》の白き瞳《め》にうつる
窓ぎはのみどりはつめたし。


 涙

ああはや心をもつぱらにし
われならぬ人をしたひし時は過ぎゆけり
さはさりながらこの日また心悲しく
わが涙せきあへぬはいかなる戀にかあるらむ
つゆばかり人を憂しと思ふにあらねども
かくありてしきものの上に涙こぼれしをいかにすべき
ああげに今こそわが身を思ふなれ
涙は人のためならで
我のみをいとほしと思ふばかりに嘆くなり。


 蟻地獄

ありぢごくは蟻をとらへんとて
おとし穴の底にひそみかくれぬ
ありぢごくの貪婪《たんらん》の瞳《ひとみ》に
かげろふはちらりちらりと燃えてあさましや。
ほろほろと砂のくづれ落つるひびきに
ありぢごくはおどろきて隱れ家をはしりいづれば
なにかしらねどうす紅く長きものが走りて居たりき。
ありぢごくの黒い手脚に
かんかんと日の照りつける夏の日のまつぴるま
あるかなきかの蟲けらの落す涙は
草の葉のうへに光りて消えゆけり。
あとかたもなく消えゆけり。


 利根川のほとり

きのふまた身を投げんと思ひて
利根川のほとりをさまよひしが
水の流れはやくして
わがなげきせきとむるすべもなければ
おめおめと生きながらへて
今日もまた河原に來り石投げてあそびくらしつ。
きのふけふ
ある甲斐もなきわが身をばかくばかりいとしと思ふうれしさ
たれかは殺すとするものぞ
抱きしめて抱きしめてこそ泣くべかりけれ。


 濱邊

若ければその瞳《ひとみ》も悲しげに
ひとりはなれて砂丘を降りてゆく
傾斜をすべるわが足の指に
くづれし砂はしんしんと落ちきたる。
なにゆゑの若さぞや
この身の影に咲きいづる時無草もうちふるへ
若き日の嘆きは貝殼もてすくふよしもなし。
ひるすぎて空はさあをにすみわたり
海はなみだにしめりたり
しめりたる浪のうちかへす
かの遠き渚に光るはなにの魚ならむ。
若ければひとり濱邊にうち出でて
音《ね》もたてず洋紙を切りてもてあそぶ
このやるせなき日のたはむれに
かもめどり涯なき地平をすぎ行けり。


 緑蔭

朝の冷し肉は皿につめたく
せりい[#「せりい」に傍線]はさかづきのふちにちちと鳴けり
夏ふかきえにしだ[#「えにしだ」に傍線]の葉影にかくれ
あづまやの籐椅子《といす》によりて二人なにをかたらむ。
さんさんとふきあげの水はこぼれちり
さふらんは追風《つゐふう》にしてにほひなじみぬ。
よきひとの側へにありてなにをかたらむ
すずろにもわれは思ふゑねちや[#「ゑねちや」に傍線]のかあにばる[#「かあにばる」に傍線]を
かくもやさしき君がひとみに
海こえて燕雀のかげもうつらでやは。
もとより我等のかたらひは
いとうすきびいどろの玉をなづるがごとし
この白き鋪石をぬらしつつ
みどり葉のそよげる影をみつめゐれば
君やわれや
さびしくもふたりの涙はながれ出でにけり。


前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング