かつた。即ち私等のした最初の行動は、徹頭徹尾「時流への叛逆」であつた。当時自然主義の文壇に於て最もひどく軽蔑された言葉は、実に「感情」といふ言葉の響であつた。それ故私等は故意にその「呪はれたる言葉」をとつて詩社の標語とした。それは明白なる時流への叛逆であり、併せて詩の新興を絶叫する最初の狼火《のろし》であつたのだ。況んやまた詩の情想に於ても、表現に於ても、言葉に於ても、まるで私等のスタイルは当時の時流とちがつてゐた。むしろ私等は流行の裏を突破した[#「流行の裏を突破した」に傍点]。そのため私等の創作は詩壇の正流から異端視され、衆俗からは様々の嘲笑と悪罵とを蒙つたほどである。
 然るに幾程もなく時代の潮流は変向した。さしも暴威を振つた自然主義の美学は、新しい浪漫主義の美学によつて論駁されてしまつた。今や廃れたる一切の情緒が出水のやうに溢れてきた。二度《ふたたび》我が叙情詩の時代が来た。一旦民衆によつて閑却された詩は、更にまた彼等の生活にまで帰つて来た。しかも之より先、我等の雑誌『感情』は詩壇の標準時計となつて居た。主義に於ても、内容に於ても、殆んど全然『感情』を標準にしたところのパンフレットが続々として後から後から刊行された。正に感情型雑誌の発行は詩壇の一流行であつた。尚且つ私等の詩風は詩壇の「時代的流行」にまでなつてしまつた。先には反時代的な詩風であり、珍奇な異端的なものであつた私等の詩のスタイルは、今日では最も有りふれた一般的な詩風となり、正にそれが時代の流行を示す通俗のスタイル[#「通俗のスタイル」に傍点]とまでなつてしまつて居る。げにや此所数年の間に、我が国の詩壇は驚くべき変化をした。すべてが面目を一新した。そしてすべてが私の「予感の実証」として現実されてゐる。
 されば私の詩集『月に吠える』――それは感情詩社の記念事業である――は、正に今日の詩壇を予感した最初の黎明であつたにちがひない。およそこの詩集以前にかうしたスタイルの口語詩は一つもなく、この詩集以前に今日の如き溌剌たる詩壇の気運は感じられなかつた。すべての新しき詩のスタイルは此所から発生されて来た。すべての時代的な叙情詩のリズムは此所から生まれて来た。即ちこの詩集によつて[#「この詩集によつて」に傍点]、正に時代は一つのエポックを作つたのである[#「正に時代は一つのエポックを作つたのである」に傍点]。げにそれは夜明けんとする時の最初の鶏鳴であつた。――そして、実に私はこの詩集に対する最大の自信が此所にある。
  千九百二十二年二月
[#地付き]著者
[#改段]

 竹とその哀傷[#「竹とその哀傷」は太字]


地面の底の病気の顔

地面の底に顔があらはれ、
さみしい病人の顔があらはれ。

地面の底のくらやみに、
うらうら草の茎が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつてゐる、
かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、
冬至のころの、
さびしい病気の地面から、
ほそい青竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくに視え、
じつに、じつに、あはれふかげに視え。

地面の底のくらやみに、
さみしい病人の顔があらはれ。


草の茎

冬のさむさに、
ほそき毛をもてつつまれし、
草の茎をみよや、
あをらみ茎はさみしげなれども、
いちめんにうすき毛をもてつつまれし、
草の茎をみよや。

雪もよひする空のかなたに、
草の茎はもえいづる。




ますぐなるもの地面に生え、
するどき青きもの地面に生え、
凍れる冬をつらぬきて、
そのみどり葉光る朝の空路に、
なみだたれ、
なみだをたれ、
いまはや懺悔をはれる肩の上より、
けぶれる竹の根はひろごり、
するどき青きもの地面に生え。




光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。

かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。

      ○

  みよすべての罪はしるされたり、
  されどすべては我にあらざりき、
  まことにわれに現はれしは、
  かげなき青き炎の幻影のみ、
  雪の上に消えさる哀傷の幽霊のみ、
  ああかかる日のせつなる懺悔をも何かせむ、
  すべては青きほのほの幻影のみ。


すえたる菊

その菊は醋え、
その菊はいたみしたたる、
あはれあれ霜つきはじめ、
わがぷらちなの手はしなへ、
するどく指をとがらして、
菊をつまむとねがふより、
その菊をばつむことなかれとて、
かがやく天の一方に、
菊は病み、
饐《す》えたる菊はいたみたる。




林あり、
沼あり、
蒼天あ
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