、
おほいなるかくしどころをもつた神の半身であつた。
陽春
ああ、春は遠くからけぶつて来る、
ぽつくりふくらんだ柳の芽のしたに、
やさしいくちびるをさしよせ、
をとめのくちづけを吸ひこみたさに、
春は遠くからごむ[#「ごむ」に傍点]輪のくるまにのつて来る。
ぼんやりした景色のなかで、
白いくるまやさんの足はいそげども、
ゆくゆく車輪がさかさにまわり、
しだいに梶棒が地面をはなれ出し、
おまけにお客さまの腰がへん[#「へん」に傍点]にふらふらとして、
これではとてもあぶなさうなと、
とんでもない時に春がまつしろの欠伸をする。
くさつた蛤
半身は砂のなかにうもれてゐて、
それで居てべろべろ舌を出して居る。
この軟体動物のあたまの上には、
砂利や潮《しほ》みづが、ざら、ざら、ざら、ざら流れてゐる、
ながれてゐる、
ああ夢のやうにしづかにもながれてゐる。
ながれてゆく砂と砂との隙間から、
蛤はまた舌べろをちらちらと赤くもえいづる、
この蛤は非常に憔悴《やつ》れてゐるのである。
みればぐにやぐにやした内臓がくさりかかつて居るらしい、
それゆゑ哀しげな晩かたになると、
青ざめた海岸に坐つてゐて、
ちら、ちら、ちら、ちらとくさつた息をするのですよ。
春の実体
かずかぎりもしれぬ虫けらの卵にて、
春がみつちりとふくれてしまつた、
げにげに眺めみわたせば、
どこもかしこもこの類の卵にてぎつちりだ。
桜のはなをみてあれば、
桜のはなにもこの卵いちめんに透いてみえ、
やなぎの枝にも、もちろんなり、
たとへば蛾蝶のごときものさへ、
そのうすき羽は卵にてかたちづくられ、
それがあのやうに、ぴかぴかぴかぴか光るのだ。
ああ、瞳《め》にもみえざる、
このかすかな卵のかたちは楕円形にして、
それがいたるところに押しあひへしあひ、
空気中いつぱいにひろがり、
ふくらみきつたごむまり[#「ごむまり」に傍点]のやうに固くなつてゐるのだ、
よくよく指のさきでつついてみたまへ、
春といふものの実体がおよそこのへんにある。
贈物にそへて
兵隊どもの列の中には、
性分のわるいものが居たので、
たぶん標的の図星をはづした。
銃殺された男が、
夢のなかで息をふきかへしたときに、
空にはさみしいなみだがながれてゐた。
『これはさういふ種類の煙草です』
さびしい情慾[#「さびしい情慾」は太
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