まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍体のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。

しもつき上旬《はじめ》のある朝、
探偵は玻璃の衣裳をきて、
街の十字巷路《よつつじ》を曲つた。
十字巷路に秋のふんすゐ、
はやひとり探偵はうれひをかんず。

みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者《くせもの》はいつさんにすべつてゆく。


盆景

春夏すぎて手は琥珀、
瞳《め》は水盤にぬれ、
石はらんすゐ、
いちいちに愁ひをくんず、
みよ山水のふかまに、
ほそき滝ながれ、
滝ながれ、
ひややかに魚介はしづむ。


雲雀料理

ささげまつるゆふべの愛餐、
燭に魚蝋のうれひを薫じ、
いとしがりみどりの窓をひらきなむ。
あはれあれみ空をみれば、
さつきはるばると流るるものを、
手にわれ雲雀の皿をささげ、
いとしがり君がひだりにすすみなむ。


掌上の種

われは手のうへに土《つち》を盛り、
土《つち》のうへに種をまく、
いま白きじようろ[#「じようろ」に傍点]もて土に水をそそぎしに、
水はせんせんとふりそそぎ、
土《つち》のつめたさはたなごころの上にぞしむ。
ああ、とほく五月の窓をおしひらきて、
われは手を日光のほとりにさしのべしが、
さわやかなる風景の中にしあれば、
皮膚はかぐはしくぬくもりきたり、
手のうへの種はいとほしげにも呼吸《いき》づけり。


天景

しづかにきしれ四輪馬車、
ほのかに海はあかるみて、
麦は遠きにながれたり、
しづかにきしれ四輪馬車。
光る魚鳥の天景を、
また窓青き建築を、
しづかにきしれ四輪馬車。


焦心

霜ふりてすこしつめたき朝を、
手に雲雀料理をささげつつ歩みゆく少女《をとめ》あり、
そのとき並木にもたれ、
白粉もてぬられたる女のほそき指と指との隙間《すきま》をよくよく窺ひ、
このうまき雲雀料理をば盗み喰べんと欲して、
しきりにも焦心し、
あるひと[#「あるひと」に傍点]のごときはあまりに焦心し、まつたく合掌せるにおよべり。


悲しい月夜[#「悲しい月夜」は太字]


かなしい遠景

かなしい薄暮になれば、
労働者にて東京市中が満員なり、
それらの憔悴した帽子のかげ[#「かげ」に傍点]が、
市街《まち》中いちめんにひろがり、
あつちの市区でも、こつちの市区でも、
堅い地面を掘つくりかへす、
掘り出して見るならば、
煤ぐろい嗅煙草の銀紙だ。
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