見所は無くなつたのである。
 政府ばかりを言ふわけにはいかぬ。吾々は固より教育は惡るし、年は取る。惡るい教育でも、あれば宜しいが、其れも無し。固より國家を背負つて立つ器量は無い。幸に若い諸君は學問を有つて居るからして、若い諸君が御眞面目におやりになりますならば、ひよツとしたらば、萬が一に僥倖したらば、此國を亡ぼさずして濟むが――今日の有樣でございますれば、亡ぼすじやない、亡びた、亡びてしまつたんである。此の通りにいけば、國が亡びると言ふじやない、亡びた。亡びても未だ亡びないやうに思つて居るのは、是はどうしたのであるか。
 今日の質問は、左樣な國情中の一つである所の鑛毒事件である。如何せん、此問題が諸君の御聽に達することを得ない、世の中に訴へても感じないと云ふのは、一つは此問題が無經驗問題であり又た目に見えないからと云ふ不幸もございませうが、一つは世の中全體が段々鑛毒類似の有樣になつて來た爲に、鑛毒問題に驚かない。――三百人の警察官がサーベル[#「サーベル」は底本では「サーペル」]を揃へて、鐺を以て鎗の如くにして吶喊した。又た撲ぐる時には聲を掛けた、土百姓土百姓と各々口を揃へて言ふたのである。巡査が人民を捕まへて「土百姓」と云ふ掛聲で撲つた。此の「土百姓」と云ふ掛聲は何處から出るのであるか。是れ即ち古河市兵衞に頼まれて居るからして、鑛業主にあらざれば人間にあらず、土百姓は人間に非ざる樣に常に聞ひて居るからして、ツイ其れが出る。三百人の巡査が悉く土百姓と云ふ掛聲を以て酷どい目に逢はせた、鬨の聲を揚げた、大勝利を揚げた、大勝利萬歳の勝鬨を揚げたのでございます。何たる事である。被害民の方は、是までも棒もステツキも持つて居なかつた。特に今度は能く世話人が指揮して、品行を方正にし靜肅を旨とせよと云ふ申渡までした位でございますから、煙管一本持つた者が無い位靜肅である。是に對して何である。勝鬨を揚げるとは何だ。
 今日政府は安閑として、太平樂を唱へて、日本は何時までも太平無事で居るやうな心持をして居る。是が心得が違ふといふのだ。一體如何いふ量見で居るのであるか、是が私の質問の要點でございます。
 大抵な國家が、亡びるまで自分は知らないもの。自分に知れないのは何だと云ふと、右左に付いて君主を補佐する所の人間が、ずツと下まで腐敗して居つて、是が爲に貫徹しなくなるのである。即ち人民を殺す
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